第302話 トカゲの王
最初は僅かに感じる程度だった揺れは、この部屋の主が近付いてくる度に大きくなってくる。
「…………ゴクリ」
以前、ノルン城でサイクロプスと対峙した時にも負けない緊張感に、俺はいつの間にか溜まっていた唾を飲み込む。
「……コーイチ」
すると、シドが音もなく横に現れ、俺だけに聞こえる声で囁いてくる。
「悪いこと言わないから、今からでも逃げないか?」
「シド?」
「……こんなこと言うと笑われるかもしれないけど、あたし、怖いんだ」
そう言いながらシドは、俺に右手を差し出してくる。
よく見るとシドの手は小さく震えていた。
俺がそのことに気付くと、シドはフードの中で困ったように眦を下げて笑う。
「ハハッ……あたし、変だろ?」
「いや、そんなことないよ」
俺はシドの目を真っ直ぐ見ながら、同じように震えている手を彼女へと見せる。
「俺だって怖いよ。黙ってたけど、
できれば今すぐ逃げ帰って、ソラが作ったご飯を食べて、ミーファと一緒に寝たい。
「でも、ここで逃げるわけにはいかないんだ」
俺は手を伸ばすと、シドの震えている手を両手で包み込む。
「ここで逃げて、ここにいる皆が全滅したら、俺たちの日常は完全に壊れてしまう」
「あたしたちの……日常?」
「そうだ。そうなったら、ソラやミーファにも危険が及ぶだけじゃない。グランドの街そのものが魔物によって滅ぼされるかもしれない。そうなったら、俺はきっとここで逃げたことを後悔する」
だから、
「怖いけど……今すぐ逃げたいけど、皆との……大切な家族との日常を守るために、俺は戦うよ」
「コーイチ……」
俺の決意を聞いたシドは、暫く呆然と握られた手を見ていたが、
「うん、そうだな」
何かに納得したように力強く頷くと、ニコリと笑う。
「確かにコーイチの言う通りだ。ここは逃げる場面ではなく戦うところだ」
「ああ、やろう」
すっかり元通りになったシドと笑い合った俺は、いよいよ暗闇の中から姿を見せるリザードマンの王へと目を向ける。
そうして現れたのは、全部で三匹のリザードマンたちだった。
二匹のリザードマンジェネラルを先頭に、その奥からこれまで見たどのリザードマンよりも大きなリザードマンが地響きと共に現れる。
「……あれが、キングリザードマン」
俺は震えを抑えるように、自分の胸を強く鷲掴みしながら現れたキングリザードマンを見る。
優に五メートルを超えるキングリザードマンは、正にキングという名に相応しい、見る者を圧倒させる迫力があった。
色こそ普通のリザードマンと変わらない緑色の鱗をしているが「キシャアアァァ」と地響きを思わせる鳴き声を上げた時に見える歯は、咬まれたら絶対に助からないと確信できる鋭い歯がズラリと並んでいる。
流石にその巨体に合う防具はなかったようで防具こそ身に付けていないが、手には巨大な牛でも一瞬で肉塊に変えてしまいそうな鋸のようなギザギザの刃がついた剣と、元は何処かの部屋の扉ではないかと思われる、俺より大きいの丸い石の盾を持っていた。
どちらも一撃でも喰らえば、一瞬で物言わぬ死体へと変えられるだろうから、絶対に喰らうわけにはいかない。
それに、リザードマンジェネラルがシドの攻撃を防御することなく跳ね返したことから、防具など無くとも、キングリザードマンの防御力はかなりのものと推察される。
こうなってくると俺には気になることがあった。
…………あんな大きなリザードマン、ここにいる面子でどうやって倒すのだろうか?
以前、サイクロプスを倒した時は、雄二たちが囮になってくれたことと、城の二階から奴の背中に飛び移ることでどうにか倒せたが、今回は奴の背中に取り付くことができる足場になりそうなものはない。
となれば、俺のバックスタブを使って奴を倒すのはかなり難しいので、ジェイドさんかベアさんに頼ることになるだろう。
その二人はというと、
「全く……こんな化物が足元にいたと思うと笑えないな」
「ハハッ、そうかい? これはこれで楽しめそうな相手じゃないか」
「……理解できん」
すっかり意気投合したのか、互いに軽口を叩き合っている。
だが、すぐさま表情を引き締めると、
「いいか、数はこっちが有利なんだ。絶対に無理はせず、互いにフォローしながら戦えよ」
「先ずはリザードマンジェネラルの排除を優先する。皮膚は硬いが、間接部位を狙えばお前たちでも太刀打ちできるはずだ」
それぞれの仲間にテキパキと指示を出しながら、敵を迎え撃つ陣形を取る。
その見事な手腕に思わず見入っていると、
「……コーイチ、シド」
ベアさんが静かな声で話しかけてくる。
「君たちは自由に動いてくれて構わない。ただ、できればリザードマンジェネラルの排除を手伝ってほしい」
「……わかりました」
その要請に俺は静かに頷くと、それぞれの勢力に別れた戦士たちを見る。
玄室に入る前にアラウンドサーチを使って確認した時より、四人減ってはいるが、冒険者が七人、ベアさんたちは全員健在の七人いる。
いくらキングリザードマンと二匹のリザードマンジェネラルが相手とはいえ、これだけの人数差があればなんとなるかもしれない。
「さて、それじゃあお楽しみの時間だ」
「全員、生きて帰るぞ!」
そんなことを考えていると、それぞれのリーダーの合図を皮切りに、戦士たちが三匹のリザードマンたちへと突撃していく。
それを見て、俺は隣のシドに話しかける。
「シド……」
「ああ、あたしたちも行こう」
拳を合わせて互いの健闘を祈った俺たちは、十四名の戦士たちの後に続いた。
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