第301話 既知?初対面?

「シ…………クソッ!」


 思わずシドの名前を呼びそうになったが、すんでのところで思いとどまった俺は、ベルトと一緒に胴に巻き付ける様にしていた紐を一息で腰から引き抜くと、彼女に襲いかかろうとしているリザードマンジェネラルに向けてサイドスローで放る。


 左右の先端に重りが付いた紐は、互いに干渉しあいながら弧を描いて飛び、巨大な斧を振りかぶるリザードマンジェネラルの右腕と首へと絡みつく。


「――ギャギャッ!?」


 紐によって右腕と首を繋ぎ止められたリザードマンジェネラルは、振り下ろそうとした力が横に流れた所為で、バランスを崩してたたらを踏む。


 その隙にシドは安全な場所まで退避し、さらに、態勢を整えたベアさんとジェイドさんの二人の戦士がそれぞれの得物を手に、紐から逃れようともがくリザードマンジェネラルへと左右から襲いかかったのだ。


「おらああああぁぁ!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉ!」


 二人は息を揃えてリザードマンジェネラルの左右からそれぞれ斬りかかり、奴の両手を切り落としてみせる。


「――ギャアアアアアアアアアアアアアアアア……」


 両手を斬り落とされたリザードマンジェネラルは、思わず耳を塞ぎたくような不快な悲鳴を上げるが、


「うるせえええぇ!」


 ジェイドさんが大剣を横に薙いでリザードマンジェネラルの首を刎ねて黙らせた。



「………………ふぅ」


 急に静かになった玄室の壇上の上で、俺は小さく息を吐く。

 流石にアラウンドサーチを使う余裕はないので、目視による注意を怠るわけにはいかないが、幸いにもすぐさま新手がやって来る気配はない。

 できるならこのまま少し休みたいところだが、生憎とそういうわけにもいかないだろう。


 ここはもう、逃げ道のない最前線なのだから。


「…………コーイチ」


 すると、顔を伏せている俺の下へ、ベアさんが話しかけてくる。


「まさか来てくれるとは思わなかった」

「いえ……ベアさんたちを見捨てるわけにはいきませんから」

「そうか……本当に助かった。礼を言う」


 ベアさんはニッコリと笑うと、左手で俺の頭をくしゃくしゃと撫でてくる。


「や、やめてください……」

「おっ、そうだな。子供じゃあるましい悪かったな」


 ベアさんは苦笑しながら俺から手を離す。

 ……まさか、この年で人に頭を撫でられるとは思わなかったが、


「…………」


 正直なところ、悪い気はしなかった。

 普段から、事あるごとにミーファが頭を撫でて欲しいとせがんでくるのだが、なるほどその理由が少しは理解できたような気がする。


「いや~、助かったよ」


 ベアさんと話をしていると、今度はジェイドさんがやって来る。


「はじめまして……でいいのかな?」

「……はい、そうですね」


 本当は初見ではないのだが、おそらくジェイドさんも俺のことを忘れていると思われるので、そのように接することにする。

 俺があっさりと初対面であることを認めたことに、ジェイドさんはどう出るかと思ったが、


「そうか、まあ君がそう言うのならそうなのだろう」


 特に気にした様子もなく、話を続ける。


「……それで、君は我々の助力に来たと思っていいのかな?」

「はい、そのつもりです」

「そうか、助かる」


 ジェイドさんは笑顔を見せると、俺に手を差し伸べてくる。


「リザードマンジェネラルをあっさりと倒せるその強さ、この目でしかと見せてもらったよ。君が力になってくれるのは非常に心強い。どうか一緒に残りのリザードマンを倒そう」

「は、はい……」



 手放しの賞賛の言葉に、俺は照れながらジェイドの手を握り返す。

 俺の手を握ったジェイドさんは、友好を示すかのように繋いだ手を上下に振るが、


「…………」

「…………」


 どういうわけか、中々手を離してくれない。


「あ、あの……」


 俺が堪らず声をかけると、


「あ、ああ……ゴメンゴメン。つい、嬉しくてね」


 ジェイドさんは苦笑しながら俺の手を離す。


「…………」


 ようやく解放された手を揉みながら、俺は嬉しいとはどういう意味かと考える。

 すると、


「嬉しい、という言葉の意味が気になっているようだね」


 いつものように表情に出ていたのか、ジェイドさんがニヤリと笑いながら話す。


「実はね、君の噂を聞いた時から、一度会いたいと思っていたんだよ」

「噂……ですか?」

「ああ、我がギルドに所属しているノイン少年を助けてくれだろう? その話しを聞いた時から、君に会えるのを楽しみにしていたんだよ」

「はぁ……」


 そう言われても、今一言いたいことがピンと来ない。

 だってそうだろう。確かに俺はノインを助けたかもしれないが、その方法は特段ジェイドさんのお眼鏡にかなうような、圧倒するような強さを見せつけたわけじゃない。

 もしかしたらノインが必要以上に俺を立てたのかもしれないが、冒険者として未熟な彼の言葉に、それほどの影響力があるとは思えなかった。


 それに、初対面と言ったにも拘らず、互いに名乗りもしないというのも、俺が知っているジェイドさんの印象と合わない。

 ……ここは一度、ジェイドさんの真意を聞いてみるべきだろうか。

 そう思った俺がどうしようか考えていると、


「悪いが、お喋りの時間はそこまでだ」


 ベアさんが、俺とジェイドさんの間に無理矢理巨体を押し込んでくる。

 何事かと思っていると、ベアさんは暗闇を見つめながら静かに話す。


「奴が……動いた」

「えっ?」


 思わず俺が聞き返すと同時に、突如として地震が発生したかのように部屋全体が揺れる。


「も、もしかして……」

「ああ、そうだ……」


 不安そうに見上げる俺に、ベアさんは顎を引きながら唸るように話す。


「立ち上がったぞ。一番奥にいるヤバい奴がな」


 それは、本当の意味でのボス戦突入の合図だった。

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