第293話 変異種たち
足を踏み入れた玄室の中は、この
ただ、本来であれば玄室内は、墓所の主を称える厳かな雰囲気となりそうなものだが、この部屋は少し趣が違っていた。
部屋を入って先ず目につくのは、幅だけで数メートルはある呆れるほどに太く、巨大な二本の柱で、表面には傷一つついていないようだが、血痕と思われる数多の黒いシミ見てとれる。
さらには床のあらゆるところに積まれた骨、骨、骨……柱の周りに積まれた頭骨だけで軽く数十……いや、数百はくだらないであろう数があり、まるで魔王の宮殿を思わせるような見る者を圧倒させる迫力があった。
事実、部屋の中へと足を踏み入れた冒険者の多くは、この奥にいると思われるリザードマンの正体を予期して、顔を青くさせている。
しかし、冒険者たちをまとめるギルドマスターたるジェイドだけは、肌をピリピリと刺すような強敵の気配を察して、ニヤリと口の端を吊り上げる。
「ハハッ、どうやら俺の予想が当たりそうかな?」
得物の大剣を取り出したジェイドは、自分の後ろに控える獣人たちを含む十七人の戦士たちを見やると、拳を突き上げて仲間を鼓舞するように叫ぶ。
「よし、行くぜ。野郎共! 後れを取るんじゃねぇぞ!」
「「応っ!!」」
ジェイドの声に、男たちは声を揃えて気合を入れると、
「突撃いいいいいいぃぃぃぃ!!」
一つの塊となって、雪崩の如く玄室の中へと飛び込んでいった。
先頭を行くジェイドが玄室の中へと飛び込んですぐ、
「キシャアアアアアアァァ!」
「ギャッ! ギャッ!」
柱の陰から、二匹のリザードマンが飛び出してくる。
長槍を構えた通常のリザードマンと比べ、大きく、鱗の色が赤いリザードマンを見て、
「ほう……初っ端から変異種……リザードマンナイトか」
それがリザードマンの第二形態であるリザードマンナイトだと看破したジェイドは、犬歯を剥き出しにして襲いかかるリザードマンナイトへと大剣を振るう。
空中から迫る二匹のリザードマンナイトは、ジェイドの攻撃に対して、回避することは不可能かと思われたが、
「「ギャッ!?」」
リザードマンナイトたちは、互いの尻尾を絡めて引き寄せ合ったかと思うと、今度は同時に互いを蹴って左右に別れてジェイドの斬撃を回避する。
「――っ、何と!?」
まさか攻撃を回避されると思わなかったジェイドは、大剣に振り回した勢いに押されるように体制が横へと流れ、思わずたたらを踏む。
体勢を崩したジェイドを見て、先に着地した一匹のリザードマンナイトが、口から涎を撒き散らしながら襲いかかる。
「ギャギャギャ!」
まるで、勝利を確信したかのように、耳障りな雄叫びを上げながらリザードマンナイトがジェイドへと迫る。
だが、それはジェイドが仕掛けた罠だった。
リザードマンナイトが持つ長槍が、ジェイドへと届くより早く、
「甘いぞ」
ジェイドたちとの間にベアが割り込み、リザードマンナイトが持つ長槍を斧で真っ二つに折ってみせる。
さらにそこへ、
「はあああぁぁ!」
「このっ!」
ベアの仲間の獣人たちが、得物を失ったリザードマンナイトへと立て続けに襲いかかる。
いくらリザードマンより上位のリザードマンとはいえ、多対一、さらには獲物を失った状態で勝てるはずもなく、リザードマンナイトは獣人たちの攻撃で八つ裂きにされる。
残るもう一匹のリザードマンナイトも、着地の瞬間を冒険者たちに狙われ、四方から槍で刺されて串刺しにされて絶命する。
「よし、次だ!」
「力を合わせれば、リザードマンナイトとて怖くはないぞ!」
二匹のリザードマンナイトを倒せたことで自信が付いたのか、四人の冒険者たちが玄室の奥へと突撃していった。
「やれやれ……例え力を得たとしても、所詮は魔物ということか」
こんな単純な手でリザードマンナイトを倒せてしまったことに、ジェイドは落胆したようにかぶりを振る。
(残るリザードマンがどれだけいるかわからないけど、これならキングリザードマンがいたとしても、あっさりと倒せてしまうかもしれないね)
身体能力だけみれば、リザードマンナイトはそこら辺の冒険者を遥かに凌駕する力を持ち合わせているかもしれないが、それだけの力を巧く使えるだけの知能が圧倒的に足りていないというのがジェイドの評価だった。
であるならば、とっととリザードマンたちを滅ぼしてしまおう。
そう判断したジェイドが、仲間たちへと声をかけようとしたところで、
「うわああああああああああああああああああああああああああっ!?」
ジェイドのすぐ脇を、何者かが物凄い勢いで通り過ぎ、背後の壁へと激突する。
「なっ!?」
隙を晒すから危険と分かっていても、ジェイドが思わず後ろを振り返ると、そこには突撃していったはずの冒険者の変わり果てた姿があった。
壁に激突した勢いで、冒険者の体は林檎が破裂したかのようにぐちゃぐちゃに潰れ、流れ出た血が地面を黒く濡らしていた。
「そ、そんなまさか……」
「た、助け……あぎゃ、ぎゃあああああああああああああああああああああああっ!」
続いて、残る三人の冒険者たちの悲鳴が聞こえ、我に返ったジェイドは、何事かと声のした方へと駆け出す。
オブジェのように積まれた頭骨の山を乗り越え、おそらく棺を納めるために用意されたと思われる壇上へと上がると、そこには変わり果てた二人の冒険者の死体があった。
ジェイドが目を向けると、壇上には三匹の赤い鱗のリザードマンナイトと、それよりさらに大きくて青い鱗を持つリザードマンの第三形態、リザードマンウォーリアーが三匹、大きくて赤い眼球をギョロリと動かしてジェイドを睨んでいた。
そして、それ等のリザードマンの変異種のさらに奥、二メートルはありそうな黒くて巨大な体躯を持つリザードマンが、大柄な冒険者の体を片手で楽々と持ち上げているのが見えた。
「お、お願い。助け……ぎゃ、あががゃ……」
黒いリザードマンは、丸太の様に太い腕で拘束していた冒険者の頭からガブリ、と噛みついて首から上を噛み千切ると、バリボリと音を立てて咀嚼しながらジェイドを見てニヤリと笑う。
「……あれが、リザードマンジェネラルか」
これまでとはまるで違う迫力を持つリザードマンジェネラルの登場に、ジェイドの顔に狂気の笑みが浮かぶ。
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