第294話 個人?集団?
どうやら飛び出した四人の冒険者たちは、前に出たところで、暗がりから現れたリザードマンたちにやられたようだった。
いくら手柄を焦ったといっても、これだけのリザードマンがいることに気が付かなかったというのは、普通に考えて有り得ない。
ならば考えられる可能性として一番高いのは、魔物が勝ちを確信した冒険者たちを待ち伏せして、暗がりから襲いかかったということ。
それはつまり、人間と同じように魔物たちが計略を練り、策謀に嵌めたということだ。
「ハハッ、やるじゃないか」
ジェイドは自分で立てた仮説が馬鹿馬鹿しいものだと思いながらも、だからこそ油断はするべきではないと考えを改め、腰を落として臨戦態勢を取ると、仲間たち全員に話しかける。
「……お前たち、油断するなよ」
流石にこの状況で油断するような愚か者はいないと思うが、ここでの意味合いはどちらかというと、身勝手な真似はするな、と言外に伝えることだった。
果たしてその言葉は正しく伝わったようで、冒険者たちだけでなく、ベアたち獣人たちも各々の武器を構えたまま相手の出方を伺っている。
「…………」
「…………」
両者はそのまま壇上の上で静かに睨み合う。
誰もが口を閉ざし、微動だにしない様子は、まるで時が止まってしまったかのような錯覚に陥る。
こうなると、普段は気にすることのない空気の音すら大きく聞こえて来るから不思議である。
(……どうして奴等は襲いかかって来ない)
耳障りな風が流れる音に顔をしかめながら、ジェイドはこの奇妙な状況に戸惑っていた。
これまで下水道で、そしてこの
本能に忠実で、周囲の状況など全く気にしない。視界に敵が映れば、相手の力量も弁えずに一心不乱に攻めてくる。それがジェイドの知るリザードマンの魔物だった。
だが、今この場にいる七匹のリザードマンは、放つ殺気こそそこら辺にいる有象無象のリザードマンと同じなのに、どういうわけか統制が取れているように見えるのだ。
(……まさか)
そこでジェイドは、リザードマンたちの最奥にいる黒い鱗のリザードマンジェネラルを見る。
冒険者の頭を食いちぎり、咀嚼していたリザードマンジェネラルは「ペッ」と口の中のものを吐き出す。
すると、カラカラと音を立てながらしゃぶり尽くされた冒険者の頭骨が転がる。
といっても、流石に頭骨のあちこちには、歯が当たって砕けたり欠けたりしていたが、この部屋に転がる頭骨たちは、こうやって生み出されていったのだろう。
リザードマンジェネラルが「ゲェップ」と汚らしくゲップを一つすると、六匹のリザードマンの間に緊張が走るのが見て取れる。
「やはりか……」
それを見てジェイドは確信する。
連中は、リザードマンジェネラルを中心としたパーティなのだと。
その証拠に、リザードマンジェネラルがゆっくりと手を上げると、六匹のリザードマンたちが一斉に武器を構える。
「ギギッ!」
「「「キシャアアアアアアアアアアアアァァ!!」」」
そして、リザードマンジェネラルの掛け声と同時に、六匹のリザードマンたちが一斉に動き出す。
「――っ、各自、孤立しないように固まるんだ!」
それを見て、ジェイドは素早く周囲に指示を出しながら、リザードマンたちの動きに注視する。
大将となるリザードマンジェネラルは微動だにしていないが、残りの六匹がどんな連携を仕掛けてくるのか、見極めようとする。
しかし、
「…………ん?」
動き出したリザードマンたちを見て、ジェイドは眉を顰める。
てっきり六匹が一つの波となって襲いかかってくると思ったのだが、動き出したリザードマンたちは、どういうわか同じ敵を狙わずに、自分に一番近い相手だったり、わざわざ回り込んで後方に控える経験の浅い冒険者目掛けて襲いかかったのだ。
当然ながら、待ち構えているこちら側としては、多対一の状況となるので、いくら変異種のリザードマンナイト、リザードマンウォーリアーといっても、経験豊富な冒険者たちの前では流石に分が悪い。
「もしかして……」
あっさりと二匹のリザードマンナイトが倒れたのを見たジェイドは、ある可能性に気付く。
確かに連中はパーティを組んでおり、リザードマンジェネラルが中心となっているのは間違いない。
だが、奴等にはチームワークというものは存在せず、あそこで攻めてこなかったのも、ただ単にリザードマンジェネラルが食事を終えるまで待っていただけではないだろうか。
確信はない。だが、状況から察するにそうとしか考えられない。
「な、舐めやがって……」
他意があるかどうかわからないが、魔物如きにコケにされたと思ったジェイドは、額に青筋を浮かべると、冒険者たちに肉薄するリザードマンウォーリアーへと斬りかかる。
「この痴れ者があああああああああああああああああぁぁ!!」
裂帛の雄叫びを上げながら繰り出されたジェイドの斬撃は、後方の比較的経験の浅い冒険者を狙おうとしていたリザードマンナイトの胴を捉え、真っ二つにしてみせる。
「おらああああぁ!」
さらにジェイドは、真っ二つにした近くのリザードマンウォーリアー目掛けて投げつけ、自身は地を蹴って大きく飛ぶ。
「――ギャッ!?」
突如として飛んできた仲間の死体に、リザードマンウォーリアーの体勢が崩れる。
そこへ大きく飛んだジェイドが大上段の構えから、落下の勢いを乗せた振り下ろしの攻撃を仕掛ける。
瞬間、地下墓所全体が揺れるほどの轟音が一帯に響き渡る。
ジェイドの攻撃を受けたリザードマンウォーリアーは、真っ二つにこそなっていなかったが、地面に縫い付けられたかのように潰れ、長い舌をだらりと垂らして絶命していた。
リザードマンウォーリアーを倒したジェイドは、ゆらりと立ち上がると、状況を見守るリザードマンジェネラルに向かって大剣を突き付ける。
「この落とし前は、きっちりとつけさせてもらうぞ!」
そう宣言すると、リザードマンジェネラルに向かって猛然と駆け出した。
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