第292話 いざ、ボス部屋へ
二人の冒険者を救えたことは、俺に取って大きな自信となった。
リザードマンのような大きな魔物が相手でも、それが複数であっても正面を切って戦えることがわかった。
それだけでなく、行商人から教わった数々の搦め手も、リザードマン相手に有効であることがわかったのは非常に大きかった。
ただ、一つだけ問題があった。
それは……、
「いや~、さっきは本当にカッコ良かったよ。アサシン様」
先程の俺の恥ずかしい会話を、シドにバッチリ聞かれてしまったことだった。
「自由騎士改めて殺し屋様の大活躍があれば、リザードマンなんか一網打尽、だな!」
「いや、本当……どうかさっきのは忘れて下さい」
ニヤニヤと笑いながらからかってくるシドに、俺は赤面しながら必死に言い訳を並べていくのであった。
そんな阿呆なやり取りもあったが、その後、俺たちはアラウンドサーチを使って周囲の状況を確認しながら、広大な
「ハハッ、やるじゃないかコーイチ」
「シドこそ」
奇襲を仕掛けて二人同時にリザードマンを倒した俺たちは、互いを労うようにハイタッチを交わす。
最初の二人の様に危機に陥っている冒険者は多くはなかったが、討ち漏らしたリザードマンはそれなりにおり、俺たちはそんな生き残りを倒して回った。
時に、ピンチに陥り、負傷した冒険者たちとも遭遇したが、圧倒的な力を見せつけた俺たちに襲い掛かってくる蛮勇を犯す者はおらず、助けた者は残らず地上へと返したので、最前線をいく集団に俺たちの存在がバレた様子は今のところなかった。
「……チッ、また駄目になっちまった」
シドは、リザードマンを倒して使い物にならなくなったショートソードを投げ捨てると、今しがた倒したリザードマンが持っていた小振りの斧を拾いながら俺に話しかけてくる。
「コーイチ、これで奴等が見逃したリザードマンはあらかた始末したんじゃないのか?」
「そうだな……」
俺はナイフについた血を拭ってベルトに戻しながら、状況を確認するためにアラウンドサーチを使う。
これまで俺とシドが倒したリザードマンは、既に二桁を超えている。
主に先行した冒険者たちが倒し損ねた者を中心に狩っているので、一パーティとなる五匹同時を相手にすることはなかったが、それでも楽な相手は一匹もなかった。
だが、虱潰しに地下墓所内を駆けまわった甲斐もあり、シドが言うように孤立している赤い光点は見られなくなっていた。
「うん、今のではぐれリザードマンはいなくなったよ。これで後は……」
「最奥の玄室にいるリザードマンの親玉だけだな」
逼迫したように語るシドに、俺はアラウンドサーチを解除しながら頷く。
「そうだな。たった今、冒険者たちが玄室に突入したみたいだ」
「突入した人数は?」
「全部で十八人だ。リザードマンは全部で十五匹ぐらいだから、数の上では冒険者たちの方が多いけど……」
「問題は、リザードマンの変異種がどれだけいるか、だな」
リザードマンの変異種は、以前俺が倒したリザードマンジェネラルだけでなく、何種類もいるというから、その数如何によっては数の有利は意味を成さない可能性が高い。
アラウンドサーチを使って外から様子を伺い、クエストの成否を見守るという選択肢もあるが、
「…………俺たちも、行くべきだろうな」
敵の規模が見えない以上、最悪の事態を想定して動くべきだと思う。
「いざ戦いがはじまれば、中の人間に気付かれずに紛れ込むぐらいはできるし、入ってしまえば、隠れるところは多そうだ」
「そうか、中の人数だけじゃなく、地形もわかるんだったな」
俺の言葉にシドは頷くと、
「コーイチが行くというのなら、あたしも行くしかないな」
間を置かずに頼もしいことを言ってくれる。
「ちなみにだが、中はどういう地形になっているんだ?」
「ああ、中は……」
俺はカンテラを点けると、地面に玄室の地図を簡潔に描きながら、どうやって突入するかをシドと話し合った。
――浩一たちが、玄室突入を決める少し前、
「「せ~の」」
石の扉に張り付いた二人の冒険者が、声を合わせて玄室を塞ぐ石の扉を左右同時に開ける。
「さてはて、中には一体何が待っているのかな?」
ズズズ、と石同士が擦れる音を響かせて扉が開くのを見ながら、ジェイドが嬉しそうに話す。
「なあ、ベア。本当にいると思うか?」
「……キングリザードマンのことか?」
気安く話しかけてくるジェイドの扱いに慣れたのか、ベアは愛用の斧の調子を確かめながら肩を竦める。
「正直、俺はいないと思っている」
「なんだ。つれないな……もっと素直に冒険を楽しもうとは思わないのか?」
「今はそういう気分ではない。それに、いないと言ったのにはある理由がある」
「へぇ……聞かせてもらえる?」
嬉しそうに目を細めるジェイドに、ベアは指を立てながら説明する。
「リザードマンの変異種は、共食いをすることで発生する。つまり、キングリザードマンを生むとなると、かなりの数を捕食する必要があると思うが、それをするぐらいならリザードマンジェネラルぐらいの魔物を量産した方が効率がいい」
「なるほどね……」
ベアの考察に、ジェイドは得心がいったかのように何度も頷く。
だが、
「ベア、それは我々知性ある者の考えだよ」
ジェイドは眦を下げてシニカルな笑みを浮かべながら、大袈裟に肩を竦める。
「連中にそんな知性、持ち合わせていると思うか?」
魔物とは野生の獣と同じく、本能のままに生きる者だ。
もしリザードマンたちが戦略を考え、効率を考えて動くことができれば、数で圧倒的に負ける人間は当の昔に滅ぼされているだろう。
それに、魔物には利他という概念はない。あるのは妄執的な利己のみで、そんな程度の低い魔物が魔物が強さを求め出したら、他者を圧倒できる力を手に入れるためだったら、仲間だろうが、家族だろうが一切の容赦はしないだろう。
だから、奴はきっとこの奥にいる……ジェイドはそう確信していた。
「さあ、答え合わせといこうか」
ジェイドは犬歯を剥き出しにして獰猛に笑うと、開いた扉から玄室の中へとゆっくりと歩を進めた。
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