第291話 俺の名は
多少の手助けはあったが、どうにか三匹のリザードマンを倒し切ることができた。
「……ふぅ」
一先ずの危機を脱することができたことに、俺は大きく息を吐く。
だが、結果として若い命を一つ散らしてしまったので、素直に万々歳と喜ぶことはできなかった。
本当に……誰かを守るということは難しいと改めて思う。
実戦では、僅かな判断ミスで命なんて簡単に消えてしまうから、もっと柔軟に対応できるようにならなければならない。
そんなことを考えていると、
「あ、あの……」
俺に向かって、生き残った冒険者たちが声をかけてくる。
「す、すみません。助かりました」
「ありがとうございます。あの……」
「……悪かったな」
礼を言ってくる二人の冒険者に、俺は謝罪の言葉を口にする。
「三人とも助けたかったのだが……一人、奴等に殺されてしまった」
そう言って俺は、首から上を失った死体へと目を向ける。
「「あ……」」
俺の言葉に、二人の冒険者たちは死んだ仲間たちに目を向けると、悲しそうに目を伏せ、
「う、ううっ…………」
一人は目からボロボロ涙を零して泣き出す。
「…………」
この三人の関係がどういうものかわからないが、きっと仲のいい関係だったのだろう。
そしておそらく、死んだ彼は、先程の様子から三人の中をまとめるリーダー格の存在だったと思われる。
そんな彼が死んでしまった後、彼等は冒険者を続けていくことが……今後も生きていくことができるのだろうか。
そんな彼等の未来を考えると、とてもいたたまれない気持ちになる。
「あ、あの……その気にしないで下さい!」
思わず俯く俺に、泣いていない方の、短髪の冒険者が声をかけてくる。
「これは俺たちの問題ですから……命の恩人であるあなたが気に掛ける必要はないです」
「だが、彼なしでは君たちは……」
「はい、だから今日で俺たちの冒険は終わりにしようと思います」
「……いいのか?」
「はい、もともと俺たちには無理だったんです」
短髪の冒険者は嘆息すると、諦観したように儚げに笑う。
「俺たち……家業を継ぐのが嫌で、親に反発して冒険者になったんですけど、見ての通り荒事には向いていなくて」
そう言って短髪の冒険者は、メソメソと泣いているおとなしそうな冒険者の肩を抱く。
「今日、全滅するところをあなたに助けてもらったのは、ただ単に運が良かっただけです。一つ間違えれば、そこにいるあいつのように、俺たちも物言わぬ死体になっていた……そして、次はきっと助からない」
「……そうだな」
短髪の冒険者の言葉に、俺はしかと頷く。
彼等には悪いが、先程のように相手に止めを刺す度に騒ぎ立てるようでは、そう遠くない未来に不幸に見舞われるだろう。
「家族のためにも、おとなしく家業を継ぐべきだな」
「……そうします。今日のことで俺、やらなきゃいけないことができましたから」
「やらなければならないこと?」
「はい……」
短髪の冒険者は力強く頷くと、泣いている冒険者の頭をポンポンと叩きながら強気に笑ってみせる。
「俺とこいつで、死んでしまったあいつの分も生きたいと思います。そして、あいつがいかに勇敢な男だったかを、語り継いでいきます……な?」
短髪の冒険者が泣いている冒険者に話しかけると、彼は顔を上げずとも静かに頷く。
どうやら二人の決意は固いようだ。
「そう……か」
その反応を見て、強いな。と俺は思った。
仲間が失ったばかりなのに、悲しみに暮れる間もなく前へ進もうとしている。
それは死というものがずっと身近にあるイクスパニアならではのことなのかもしれないが、その割り切りの良さは皮肉にも冒険者に向いているかもしれないと思った。
だが、こうして次に進む道が決まっているなら、ここで何かを言うのは野暮というものだろう。
俺はしかと頷くと、立ち上がった二人の冒険者に話しかける。
「……二人で戻れるか?」
「はい、大丈夫です」
「グスッ……ぼ、僕たちは地上に戻って彼を弔いますから、あなたは他の冒険者を助けて下さい」
「……ああ、わかった」
俺は二人の冒険者に頷いてみせると、踵を返して歩きはじめる。
すると、
「あ、あの……」
俺の背中に、短髪の冒険者が再び声をかけてくる。
別に無視してもよかったのだが、何となく彼等のことを放っておけないと思った俺は、律儀に足を止めて短髪の冒険者へ顔を向ける。
「何だ?」
「あの……お名前……あなたのお名前を聞いてもいいですか?」
そう言えば名乗ってなかったな。
しかし、ここで下手に本名を名乗ると、俺が賞金首であることがバレてしまうかもしれない。
「…………」
俺は暫くの間、何と名乗るか考えた後、
「……アサシンだ」
名前ではなく、俺が目指すべく職業を名として告げる。
「俺の名はアサシン……殺し屋だ」
「こ、殺し屋?」
「ああ……」
目に見えて怯えだす短髪の冒険者に、俺はゆっくりと頷く。
「今回はたまたま命を救ったが、次も味方とは限らない。だから、俺のことはさっさと忘れるんだな……平穏に生きたかった尚更、な」
そう吐き捨てるように言うと、俺は恐怖で震えている二人の冒険者に背を向け、今度こそ振り返らずに早足で立ち去った。
しかし、この時の俺が早足で立ち去ったのには、ある理由からだった。
…………………………………………………………めっちゃ恥ずかしい。
自分で言っておいてなんだが、何でアサシンなんて名乗っちゃったんだろうし、何であんな台詞を吐いてしまったのだろうか。
俺の正体がバレないように、万が一にも関係が続かないようにと思ってのことだったが、中二病を患った思春期の男子じゃあるまいし、もう少し無難なキャラ設定にするべきだったと思う。
穴があったら入りたいとよく言うが、今ならどんな穴にでも喜んで頭から飛び込むくらい、俺の顔は羞恥で真っ赤になっていることだろう。
俺は先程の名乗りがシドに聞こえていないことを祈りつつ、さらに歩を速めて、逃げるようにその場を後にした。
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