第285話 無慈悲な一撃
「…………見えた」
目を開けてアラウンドサーチを解除した俺は、すぐ隣にいるシドへと話しかける。
「この先の通路を抜けた先に、反応があった」
「数は?」
「一つだ。詳細はわからないけど、念のため慎重に進もう」
「わかった」
俺の提案にシドは頷くと、腰を落として足音を立てないように移動を開始する。
あれから俺たちは、冒険者たちと思われるパーティと一定の距離を保ちながら
最初こそ問題なく前に進めていたが、地下墓所に近付くにつれてリザードマンの死体が見えはじめ、冒険者の死体も二人見つけた。
冒険者の死体は、どちらも暗がりからの奇襲にやられただけでなく、刃に塗られた毒が致命的だったのか、顔色はあり得ないほど不気味な紫色になり、苦しそうに喉を押さえた状態で死んでいた。
もし、全てのリザードマンがデフォルトで武器に毒を塗っているのだとすれば、かなり気を付けなければならない。
当然ながら獣人の集落には解毒剤などあるはずもないので、一撃喰らえば即、死に繋がるというわけだ。
必要以上に慎重になっているため、見通しのいい通路へと出ても俺たちの移動速度が上がることがない。
アラウンドサーチで周りの状況は逐一確認してはいるが、俺とシドは万が一を想定して互いをカバーできるように死角を潰しながらゆっくりと前へ進む。
互いの身を守るため、必然的にシドとかなり密着することになり、彼女の体温を肌で感じるのだが、流石にこの状況では何とも思わない。
それよりも気にしなければならないのは、アラウンドサーチで見つけた反応が何者であるかをいち早く確認することだ。
もし、今後の脅威となる可能性が高い魔物であった場合、手持ちのリソースを費やしてでも排除する必要がある。
ただ、もし反応が瀕死の冒険者や、獣人であった場合……
その時は、止めを刺して楽にしてやらなければならない。
行商人から、人間も容赦なく殺せるようになれと言われている俺だが、まだ人を殺した経験はない。
というか、流石に理由もなく人を殺せるほどの殺人鬼にはなれない。
だが、もし見つけた反応が瀕死の冒険者であったら、その時はシドに頼んで俺の手で黄泉の国へと送ってやろうと思う。
そんなことを考えているうちに、俺たちはアラウンドサーチで見つけた反応が見える場所まで到達する。
壁に背を預け、ゆっくりと顔だけ出して問題の場所を見てみると、
「……あれは、リザードマンか?」
そこには冒険者に敗れたのか、瀕死のリザードマンか這いつくばって移動する姿が見えた。
冒険者や集落の獣人でなかったことに、俺は一先ず安堵の溜息を吐く。
さて、いくら瀕死だからといって魔物をのさばらせておくわけにはいかない。
だから、ここは情け容赦なく止めを刺す必要があるのだが、
「コーイチ……」
瀕死のリザードマンにどうやって止めを刺そうか迷っていると、シドが話しかけてくる。
「あのリザードマンへの止めはあたしにやらせてくれ」
「えっ? べ、別にいいけど……でも、どうして?」
「そうだな。おそらくだけど、今のコーイチには無理だから……かな?」
「それはどういう……」
意味だ? と問う前に、シドは俺の唇を自分の人差し指で塞いでウインクしてみせる。
御託はいいから黙って見ていろ。ということだろう。
俺はおとなしく頷いて、久しぶりの先生モードになっているシドの授業を受けることにする。
それを見てシドは笑顔で頷くと、無造作に通路から飛び出して、ズカズカと足音を立てながらリザードマンへと近付く。
途中、誰かが取り落としたと思われる斧を拾い上げたシドは、ズルズルと音を立て引き摺る。
どうしてシドは、わざわざ音を立てるような真似をしているのだろうか?
アラウンドサーチを使って周りに俺たち以外に誰もいないことを確認して、シドの動向を見守る。
すると、這いつくばって移動していたリザードマンがシドに気付いたのか、驚愕の表情を浮かべて振り返る。
そして、
「あ……」
そこで俺は驚愕の光景を目にする。
シドの存在に気付いたリザードマンが、地面に膝を付き、頭を垂れて命乞いを始めたのだ。
自分が流した血だまりの上で涙を流しながら、何度も……何度も地面に頭を打ち付ける。
その度に遠巻きで見ている俺のところまで、リザードマンが額を石の地面にぶつける音が聞こえる。
「ギギ…………ギ……ギギギ…………」
さらにリザードマンは、大粒の涙を流しながらシドに何かを訴え始める。
アニマルテイムの能力で動物とある程度のコミュニケーションを取れる俺だが、生憎と魔物であるリザードマンが何を言っているのかはわからない。
ただ、大粒の涙を流し、吐血を繰り返しながら鬼気迫る表情でシドに訴えかける姿を見て俺は……、
何だかとても、悪いことをしているような気がしてきた。
あのリザードマンにも、何か守るべき大切なものがあるのかもしれない。
それは家族か、もしくは恋人や子供かもしれない。
あのリザードマンが死ねば、遺族はどうなってしまうのだろうか。
俺の脳裏に、あるかどうかもわからないリザードマンの一家団欒の姿が見えたような気がした。
そんなことを考えていると、シドがゆっくりとした動作で斧を振り上げる。
「あっ……」
シドを止めないと……
そう思った俺は、慌てて路地から飛び出してシドへと駆け寄る。
だが、それより早く容赦なく斧が振り下ろされ、周囲にリザードマンの紫色の血が飛び散る。
無抵抗な相手になんてことを……、
そんなことを思っていると、
「コーイチ、お前今、無抵抗な相手に酷いことをしてなんて思ってるだろ?」
シドが血塗れの斧を投げ捨てながら、俺の考えを見透かしたように言う。
「だから今のお前には、無理だって言ったんだよ」
そう言いながらシドは、リザードマンの死体を蹴り飛ばす。
すると、カランカランと乾いた音を立てて何かが転がる。
「これは……」
それは、何か動物の骨を削り、研いで造られたと思われる武器だった。
「そいつは、リザードマンが殺した人間から取り出して作った骨のナイフだ」
「えっ?」
「追い詰められたリザードマンは、命乞いをして隙を見せた相手に背後から襲いかかるんだ……隠し持ったそいつでね」
「それじゃあ……」
もし、俺がリザードマンに止めを刺す役目を担っていたら……、
俺は自分の喉を手で押さえながら、顔を青くさせる。
そんな俺を見てシドは、俺の肩を肩をバシバシ叩きながら得意気に豊かな胸を張る。
「なっ? いい勉強になったろ?」
「……はい、勉強させてもらいました」
俺が素直に頭を下げると、シドは清々しいほど快活の笑顔をみせた。
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