第286話 においますか?

 その後も、地下墓所カタコンベへと向かう途中で、俺たちは生き残っている魔物を見つけては、止めを刺していった。

 先程、リザードマンの本性を見せつけられただけに、例えどれだけ命乞いをされようとも、手加減も容赦もするつもりはなかった。




 そうして何匹かの生き残ったリザードマンに止めを刺しながら、俺たちはいよいよ地図に示された地下墓所付近までやって来た。


「……コーイチ」


 アラウンドサーチを使って周囲を探る俺に、シドが耳元で囁くように話しかけてくる。


「今は見えないけど、どうやらついさっきまでベアたちがここにいたらしい」

「えっ?」


 その言葉に、俺は思わずアラウンドサーチを解除してシドの顔を見る。


「そ、そんなことわかるの?」

「言ったろ? あたしは鼻がいいって」


 シドは自分の鼻を指差しながら、ニヤリと笑う。


「それに、ベアたちは他の人間と比べて大分臭うからな。まあ、あたしが奴等を気に食わないと思うのも、そういうところだしな」

「そ、そう……」


 臭いが気になると言われた俺は、思わず自分の服の臭いを嗅ぐ。


 …………正直、自分が臭いのかどうか、全くわからない。


 ちょっと汗臭いような気もするが、体は毎日洗っているし、服もソラが手間暇かけて入念に洗ってくれているから、臭うはずがない。


 でも、もしかしたら……、

 何だか嫌な予感がした俺は、そそくさとシドから距離を取る。


「おい、どうしたんだ?」


 いきなり距離を取る俺に、シドが腕を伸ばして俺の二の腕を掴んでくる。


「もしかして、あたしが臭いって言ったこと気にしてるのか?」

「いや……その、はい……」


 俺が素直に認めて頷くと、


「……はぁ」


 シドは大きく嘆息したかと思うと、いきなり俺を抱き寄せて思いっきり抱擁する。


「えっ、ええっ!?」


 シドから髪に付けているであろう香油の甘い匂いと、筋肉質なはずなのに柔らかな彼女の肢体が全身を包みこむ感覚に、俺はここが敵地の近くであることもすっかり忘れて目を白黒させる。


 シドは俺の首元に顔を埋めると、思いっきり息を吸った後、


「……何でか知らないけど、コーイチの匂いは全然気にならないんだよな」


 不思議そうに首を傾げて、また思いっきり俺の匂いを嗅ぐ。


「むしろ凄く安心するんだけど……何でだろう?」

「さ、さあ? でも、ミーファも同じようなこと言ってたよ」


 おそらくそれはアニマルテイムのスキルのお蔭だと思うのだが、俺はわざと知らない振りをする。


 何故なら、本当にアニマルテイムにそれほどまでの効果があるのかどうかは不明だし、何よりそれだとシドたち獣人を、ノルン城であったネズミや、ロキのような動物と同列に扱うような気がするのだ。

 それはきっと、獣人を毛嫌いしている人たちと同じ思考だ。

 俺はシドたち三姉妹だけでなく、ベアさんたち獣人の集落の人たちは、体のつくりに多少の違いがあっても同じ人間だと思っている。


「そうか、だからミーファはやたらとコーイチとくっつきたがるんだな」


 そんな俺の心の葛藤に気付いた様子もなく、シドは身を離してポンポンと俺の肩を叩くと、少し照れたようにはにかむ。


「だったら今度から、あたしもコーイチと一緒に寝させてもらおうかな?」

「え、ええっ!?」

「ハハッ、嘘だよ、嘘。そんなことしたら、ミーファにどやされちまうからな」


 シドは手を振りながら笑うと「早く行くぞ」と言って早足で歩きはじめた。



 その後もアラウンドサーチを使い、索敵を繰り返しながら進み続け、俺たちはいよいよ地下墓所への入口が見える場所までやって来た。


「あそこか……」


 そう言いながら俺が見る先には、レンガが積まれた下水道の壁の一部が剥がれ、大きな穴が開いていた。


 ここからだと中は見えないが、おそらくあの先は地下墓所へ繋がっているのだろう。

 俺たちは壁に開いた穴が遠目に見える位置に陣取りながら、今後の作戦について話す。


「そういやシドは、地下墓所には入ったことあるの?」

「いや、ないな。そもそもあの場所は、殆どの人間が入ったことないはずだ」

「……そうなのか?」

「ああ、地下墓所は基本的に貴族の……それも今は亡き古き慣習の遺物なんだ」


 シドによると、このイクスパニアでは基本的に死者は火葬され、墓は教会が管理する共同墓地へと埋葬されるのだという。

 ただ、権力者や土地の為政者は、自分の権威の象徴として立派な墓を建造することがあるということだが、その場合も基本的には火葬されるという。


「これは過去に土葬された者や、棺に入れられた死体がゾンビ化して、生者へと襲いかかってくる事案が多発したらしいんだ」

「ヒェェ、そ、それは嫌だな」


 埋葬したはずの人間が、土の中から出て来て襲いかかってくる恐怖は計り知れない。

 俺はホラー関係は映画を見るのも、ゲームをするのも苦手なので、そんな事態になったら、きっとパニくって、泣き出すまであるだろう。


「でも、今はそうならないように、火葬されるから安心なんだよね?」

「いや……でもこの街の地下墓所には、まだミイラ化された死体があるはずだから、もしかしたらもしかするかもしれないぞ?」

「ええっ……もしゾンビが現れたらシド……俺のこと守ってくれよな?」

「おいおい、コーイチがあたしのことを守ってくれるんじゃないのかよ?」

「そ、それとこれとは別問題でお願いします」


 ホラー関係だけはどうしてもダメな俺は、情けない声を上げながらシドの腕に縋りつくのであった。

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