第274話 寝る前のお勉強

「……さて、どうしたものかな」


 その日の夜、俺は自分の寝床で、ベアさんから貰った地図を呆然と眺めながら今後について考えていた。


 シドは、冒険者が参加する以上は自分はその作戦に参加しないと明言しているので、俺としても無理強いするつもりはない。


 だけど、本当にベアさんたち集落の男性陣に全てを任せていいのだろうか。


 別に自分の力を過信しているわけではないが、集落の男性を三人殺してみせたリザードマンジェネラルのような強力な個体が何匹も出て来たら、ベアさんたちだけでは勿論、冒険者のパーティーと力合わせても苦戦は必至なのではないだろうか。


 そもそも、決して仲が良くない人間と獣人が協力して、一つのクエストに挑むということが可能なのだろうか。

 ベアさんたちのパーティーは、全部で七人からなるが、冒険者たちがその倍以上の人数で来たら、イニシアチブ握ることすら難しいのではないだろうか。


 ……やっぱり、シドを説得して俺たちも作戦に参加するべきじゃないだろうか。


 作戦決行は明後日ということだから、どうするかは明日一日で決めなければならないので、早いところ考えをまとめておきたい。


 そんなことを考えていると、


「おにーちゃあああああああああぁぁん!」


 暗闇の中から、元気な声と共にミーファが俺の腹の上に落下してくる。


「うごぉぅ!? おお、おおおおお……」


 完全な不意打ちに、腹筋に力を入れることすらできなかった俺は、痛みに悶絶する。


 最近はミーファの不意打ちに備えるようにしていたのに、考えごとをしていて完全に油断していた。

 しかも、今日のミーファは、いつもは首に飛び付くようにぶつかってくるのだが、今日に限って何故かいつもより下に、鳩尾から男として鍛えられないあの部分に思いっきりぶつかってきたのだ。


「えへへ~、おにーちゃん♪」


 しかも、ミーファは俺の腰辺りにしがみついてスリスリと頬擦りをしてくる。

 あ、あの……ミーファさん。あんまりそこを刺激されると、色々とマズいことになっちゃうから……


 俺は悶絶しながらもどうにか手を伸ばし、ミーファを下腹部から首元へと移動させる。


 ……………………よし、ひとまずの危機は脱したぞ。

 課長とブレイブの顔を必死に思い浮かべて冷静になった俺は、ミーファの頭をぐりぐりと撫で回しながら話しかける。


「こら、ミーファ。危ないから飛び込みは止めなさいって言ってるだろ?」

「うん、わかった。ごめんなさ~い」


 苦言を呈しても、ミーファは全然、悪いと思っていない様子で抱きつき、鼻をスンスン鳴らして俺の匂いを嗅いでいる。


 う~ん、反省の色が全然見えないな。

 シドならここで雷の一つでも落とすところなのだろうが、生憎と俺はミーファに対しては、カレーの上に丸ごとリンゴを乗せた後、溢れんばかりにハチミツをぶっかけるほど甘々なので、全く怒る気になれなかった。


 怒るのはシドの役目だから、俺は精一杯ミーファを甘やかすことに専念しよう。

 そんな荒唐無稽なことを思いながら、俺は尚もミーファの頭を撫で続ける。


「それで、今日も一緒に寝るのか?」

「うん! ねる~」


 ミーファはこっくりと頷くと、俺の横に並ぶように横になる。


「えへへ~」

「寝る前にちゃんとトイレ行ったか?」

「うん、だいじょーぶ。ちゃんといったよ」

「そうか、なら安心だな」


 これまで幾度となくミーファと一緒に寝てきたが、彼女は一度寝付くと朝までぐっすりと眠ってくれるので、夜中に起こされる心配もなく、とてもいい子だった。

 ただ、寝ている間はしかと俺の体にしがみついているので、逆に俺が何処にも行けなくて困ったりするのだが……まあ、大丈夫だろう。


 本当は色々と考えたいことがあったが、一人で考えるのも限界があるから、明日は朝一で起きて改めてシドとよく話し合おう。


 そう思いながら俺は、明かりを消すために身を起こすと、ベアさんから貰った地図を丸める。

 すると、


「おにーちゃん。それ、な~に?」


 俺の手の中にある紙片が気になるのか、ミーファが「みせてみせて」とせがんでくる。

 天使に無邪気に迫られたら、断ることなどできるはずもない俺は、


「……ちょっとだけだぞ」


 そう前置きして、カンテラを引き寄せて胡坐を組むと、その中にミーファを収めて丸めた地図を広げて見せてやる。


「……なんかしかくがいっぱいあるね」


 地図を見たことないのか、ミーファは紙片に描かれた図形を指差しながら「しかく、これもしかく……」と指差ししていく。


「おにーちゃん。これ、な~に?」

「これはね、地図っていうんだよ」

「ちず?」


 やっぱり地図を知らないのか、ミーファは可愛らしく小首を傾げるので、せっかくだから俺は彼女に教えてやることにする。


「地図っていうのはね? 行きたいところをわかりやすく書き記したものなんだけど……わからないか」


 言ってる途中で、ミーファの頭に疑問符が浮かんでいることに気付いた俺は、何と言ったものかと考える。


 う~ん、子供でもわかる言葉で説明するって存外に難しいな。

 夏休みになると、子供の素朴な疑問に答えてくれるというラジオ番組があったが、その時に出てくる大学の先生たちが難しい専門用語を使って説明する度に、あれこれと文句を言ったりしたものだが、俺もあの先生たちのことを悪く言えないと思った。


 すると、


「あっ、これはミーファ、わかるよ」


 何かに気付いた様子のミーファが、地図の一点を指差す。

 それは、リザードマンの集落があると思われる地下墓所を書いた部分だった。


「これっておはかでしょ? ミーファ、しってるよ」

「えっ、ミーファ、お墓は知ってるの?」


 確かにベアさんの地図には、わかりやすいように目的地の地下墓所に墓のイラストが描いてある。

 まあ、でもそれが何をするものかわからなくても墓ぐらいは知ってるか。そう思っていたのだが、


「うん、だってミーファ、ここ、なんかいもいったことあるもん」

「えっ……マジ?」


 ミーファの耳を疑う発言に、俺はどういうことかと彼女に詳しく聞いてみることにした。

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