第273話 敵の根城は

 俺がシドたち獣人の秘密を知ってから、二週間の時が過ぎた。


 その間、俺は死体漁りスカベンジャーの仕事をこなしながら、行商人から多対一を想定した特訓を受けた。


 ソラの秘密を知ってからは、そこに新たに人を殺すための特訓が加わった。


 といっても、行商人は俺が再び戦えるようになってから、メニューの中に密かに人殺しの特訓を入れていたようで、説明に誤魔化しが入らなくなっただけで中身はそうたいして変わってはいない。

 これまで必死にやって来た特訓が、実は人殺しのための特訓だったと聞いて多少の驚きはあったが、それも全て、行商人が俺のためを思ってやってくれていたと思うと、感謝こそしても怒る理由は何もなかった。


 そうして俺は、来るべき日に備えて日々を過ごしていた。




 ――そして遂に、


「リザードマンの集落が見つかったぞ」


 死体漁りとしての仕事から帰って来て、今日の成果を確認している俺たちに、緊張した面持ちのベアさんが話しかけてきた。


「その……何…………あのな?」


 ベアさんの歯切れが悪いのは、以前にシドが怒った事件から目が合う度に気まずい空気になってしまい、お互いに何となく会話をすることができなくなっていたからだ。


「本当は知らせるべきかどうか迷ったんだけど……」


 そんな中、ベアさんは勇気を出してここ一番の決戦の為に話しかけてくれたようだ。


「俺たちは、上の連中と一緒に奴等の巣を叩くことにした」

「……そうか、勝手にしろ」


 恐縮するベアさんに、ソラはさして興味がないといった様子で目を合わせようとしない。


「シド……」


 流石にその態度はマズいんじゃないのか?

 ちらとベアさんを見ると、表情は笑顔を貼り付けているものの、目は明らかに笑っていない。

 怒りを堪えている様子のベアさんの顔を見た俺は、シドの肩を叩きながら話しかける。


「せっかくベアさんが教えてくれたんだから、せめて話だけでも聞いてあげるべきじゃない?」

「…………」

「ほら、リザードマンの件は俺たちも無関係とはいえないし、命に関わる情報はしっかりと共有するべきだろう?」

「……………………わかったよ」


 俺の説得に、シドは不承不承ながら頷くと、


「ベア……言っとくけど、あたしたちはその作戦には参加しないからな」


 先制するようにそう釘を刺して、ベアさんに話を促す。


「……ああ、わかってる」


 前に話がこじれた時点で一緒に戦うことは諦めたのか、ベアさんは静かに頷いて手に入れてきた情報を話す。



 ベアさんによると、リザードマンの巣は下水道内にはないということだった。

 では、何処にあったかというと……、


地下墓所カタコンベだ」


 それは下水道と同じように街の地下三層目にあるのだが、入口が違い、さらには直接繋がっていないので完全に盲点となっていた場所だった。


「元からなのか、奴等が穴を開けたのかはわからないが、いつの間にか地下墓所と下水道に繋がる道ができていたのだ」

「……なるほど」


 地下墓所と言われても思いつくのは、石の棺が並んだ部屋と、棺の中から出て来て襲いかかってくるミイラだ。

 果たしてこの世界の死者の弔い方の中に、ミイラを作るというものがあるのかどうかわからないが、俺としては下水道以上に行きたくない場所だと思った。


「詳しい場所についてだが……」


 そう言いながら、ベアさんは丸めた紙片を差し出してくる。


「こちらに書いたから参考にしてくれ」

「あっ、はい……」


 ベアさんから渡された紙片を受け取りながら、俺は紙片を開いて中を見る。


 それは手書きの地図だった。

 巨体に似合わず、几帳面に定規のような物を使って描かれたと思われる地図は、この集落から地下墓所までの道がわかりやすく記されていた。


「…………おい」


 俺が広げた地図を横から覗き込んだシドは、俺から地図をひったくりながらベアさんに視線を向ける。


「……まさかとは思うが、人間たちに同じ地図を渡したりしていないだろうな?」

「どうしてそれをシドに言う必要がある?」


 睨むシドに、ベアさんは受けて立つように睨み返す。


「これをシドたちに渡すのは、俺たちが失敗した時に後を継いでもらうためだ。俺が作ったものを、どうしようがシドにとやかく言われる筋合いはない」

「――っ、お前!」

「待った。シド……ここで争ってもしょうがないだろ」


 ベアさんに掴みかかろうとするシドを後ろから羽交い締めにしながら、俺は挑発するように不敵な笑みを浮かべるベアさんに話しかける。


「ベアさん、わざわざ地図を届けてくれてありがとうございます。これはちゃんと有効活用させてもらいます」

「……ああ、好きにするといい」


 ベアさんは相変わらず威嚇状態のシドを一瞥した後、


「……フッ」


 挑発するように鼻で笑い、背を向けて歩き出す。


「あっ!? お前、何笑ってんだ」

「シド、いいから!」


 俺は羽交い締めにしているシドを逃がさないようにさらに力を籠めるが、


「離せ! コーイチ、あの野郎……一発殴らないと気が済まない!」


 気が短いシドは、ベアさんを殴るため、俺の拘束から逃れようと暴れる。

 いくらシドが強くても、男性であるベアさんと殴り合うようなことになったらタダでは済まないだろう。


 俺は是が非でもシドを逃がさないようにと、必死に彼女にしがみつく。

 すると、


「ひゃん!?」


 突如として、シドが可愛らしい悲鳴を上げる。

 一体、何事かと思っていると、


「コ、コーイチ、胸……胸……」

「むね? …………あっ!?」


 赤面したシドに言われたところで、俺は自分が彼女の胸を思いっきり鷲掴みしていることに気付く。


「ご、ごめん!」


 俺は慌てて手を離すと、シドから慌てて距離を取る。


「……あっ」


 しまった。シドから手を離したらベアさんが……

 そう思ったが、


「…………ううっ」


 シドは自分の胸を両手で抱きながら恨めし気にこちらを睨むだけで、ベアさんを追いかけようとはしなかった。

 どうやら羞恥心の方が勝ったようで、ベアさんを追うどころじゃなくなったらしい。

 思わぬラッキースケベに遭遇してしまったが、シドの暴走を止められたので、二つの意味で結果オーライと思った。


 ……まあ、後が怖いのでそんなこと、絶対に口にはできないけどね。


 その後、俺はシドの機嫌を直してもらうために、一日かけてあれこれと奔走するのであった。

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