第275話 記された場所へ

 ――翌日、俺はシドを連れて、ミーファから教わった地下墓所カタコンベへと行けるという場所を探して、集落上層にある地下水路へとやって来た。


 久しぶりにやって来た地下水路は、下水道と比べると澄んだ空気で、近くを流れる水も清らかで嫌な臭い一つしない。


 …………空気ってこんなに美味かったんだな。


 それだけでなく、地下水路には所々に僅かながら陽光が降り注ぐ場所があり、俺は思わずそこへ駆け寄って数カ月ぶりに浴びる陽光に目を細める。


「ん~…………」


 思いっ切り陽光を浴びられないのは残念だが、これだけで全身の細胞が活性化されていくのを自覚する。

 細い陽光の下、そよそよと流れる水路が生み出す心地良い風を全身で受けながら、俺は久方ぶりの新鮮な空気をたっぷりと堪能する。


 この階層にも魔物は出るが、下水道と比べるとその数は少なく、脅威度も低い魔物ばかりなので、正直なところ皆でここに住めばいいんじゃね? と思ってしまう。


 ……まあ、初めてここに迷い込んだ時、俺を追いかけて来た冒険者が、大ネズミの群れに襲われて死んだのをアラウンドサーチ越しで見たことがあるので、いくら空気が美味くても住むのはかなり難しいだろう。


 なら、いっそのこと地下水路にいる魔物を殲滅することができれば……、

 そんな物騒なことを考えていると、


「コーイチ……」


 俺の誘いに文句を言いながらもしっかりと付き合ってくれているシドが、周囲を警戒しながら話しかけてくる。


「本当にここから地下墓所へと行ける通路なんてあるのか?」

「そのはずだよ」


 俺は頷くと、地図というものを覚えたミーファが張り切って書いてくれた地図を取り出す。


 子供のお絵かきレベルと思いきや、意外にもかなりの絵心を持つミーファが描いてくれた地図は、要所をしっかりと押さえてあるので、距離間はともかく、中身はしっかりと理解できた。


「えっ……と、ここがあそこのはずだから……」


 手書きの地図に加えて、ある程度は口頭で聞いてきたので問題ないと思ったが、いざこうして現場まで来てみると、カンテラで照らされる範囲の狭さも相まって急に自身がなくなってくる。


「あれ? おかしいな……」


 もしかして、地図を上下逆さまに見ていた可能性もあることに気付いた俺は、何度も地図をぐるぐる回しながら周囲を見る。


「…………どれどれ」


 地図を見ながら混乱する俺に、シドが横から覗き込んできて俺から地図をひったくる。


「これは……ミーファが描いたのか?」

「わかるのか?」

「ああ、この線の描き方……そして他人が見ることを一切考慮しない、感覚だけで描く絵は、ミーファそのものだからな」

「そ、そう?」


 そう言われても、俺としては何がどうミーファそのものなのか、全く理解できない。


「……じゃあ、シドはこの地図が描いてあることもわかるの?」

「ああ、多分な」


 シドは唇の端を吊り上げてニヤリと笑うと、


「こっちだ」


 そう言って、俺を先導するように地下水路を歩きはじめる。




 ミーファが描いた地図だとすぐ近くだと思ったが、シドの先導で地下水路を歩きはじめてもう二十分以上になるが、シドの歩みがとまることがない。


「あいつ……普段からこんなところまで来ているのか」


 地図を見ながら顔をしかめるシドを見て、俺は心の中でミーファに謝罪する。

 一緒に怒られるのは怖いので……せめて、ミーファがシドに怒られた後は、思いっきり慰めてあげよう。

 そんなチキン過ぎることを考えていると、


「そうか、ここは…………」


 何かに気付いたシドが小さく息を吐くと、歩みをゆっくりしながら俺に話しかけてくる。


「コーイチ、ミーファはここに何度も行っていると言っていたのか?」

「えぇっ!? あっ……と」


 ミーファを守るために、何て言い訳すればいいのだろうかと必死に頭を巡らせていると、


「心配しなくても、この件でミーファを怒ることはないから安心しろ」


 俺の内心の焦りが顔に出ていたのか、シドが苦笑しながら嘆息する。


「だから教えてくれ。ミーファはここに何回も行ったことがあると言っていたのか?」


 冗談を言っているとは思えない、その真摯な表情に俺は、


「…………ああ」


 観念して正直に話すことにする。


「確かにミーファは、何度も行ったことがあると言っていたよ」

「そう……か」


 俺の答えを聞いたシドは、肩で大きく息を吐きながら目を伏せる。

 ……なんだろう。何だか急にシドの元気がなくなったような気がする。

 ゆっくりになったシドに歩調を合わせながら、俺は思い切ってその理由を尋ねる。


「シド、今から行く場所に何があるのかわかっているのか?」

「……ああ、おそらくだが、今から行く場所にリザードマンの集落は存在しないと思う」

「えっ? それじゃあ、そこは地下墓所ではないの?」

「いや、地下墓所には違いないが、そこは特別な場所なんだ」


 シドは完全に歩みを止めると、俺の目を真っ直ぐに見ながら静かに話す。


「そこには、私たち三姉妹の母が眠る墓があるんだ」

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