第271話 あの子の秘密
――その後、今日の特訓が終わった後のこと、
「はぁ……はぁ……そういえば…………」
地面に大の字になって体力を回復させていた時、過去の話で一つ気になったことを思い出した俺は、何の気になしに行商人に尋ねる。
「シドにレド様の力が継承されなかったということは、残りの二人にも継承されなかったのですか?」
「…………」
その質問に、行商人は何も言わずに黙って俺を見下ろし続ける。
「…………あ、あれ?」
俺、何か余計なことを聞いただろうか。
それだけの力、三人も娘がいるなら誰か一人ぐらいは使えるのではないかと思っただけなのだが、行商人から注がれる視線は、仮面に憚れて直接は見えないが、明らかに殺意が籠っているような気がした。
……もしかしなくても、とんでもない地雷を踏んでしまったようだ。
「あ、あの……」
やっぱ今のなしで。そう思いながら慌てて身を起こすが、
「一人…………継承された者がいるようだ」
それより早く、行商人が俺の質問に答えてくれる。
「あくまで未確認だが、レド様が気にされていた子はいる」
「それって……」
「次女のソラ嬢だ。彼女は母親と同じ力を……いや、ひょっとしたらそれ以上の力を備えているかもしれないということだ」
「ソラが……」
そう言われてみると、ソラは不思議な雰囲気を纏った少女である。
ソラが見る夢は、まるで未来を先読みしているかのように的確で、俺の危機を言い当てたこともあったり、夢の内容を近くで寝た者と共有できたりするという。
それに、年齢はシドより下のはずなのに、雰囲気は大人の女性としての余裕さえ感じられるし、普段の品のある立ち居振る舞いや喋り方からも、まるで貴族のようだと思っていたが、まさか本当にお姫様だったとは思わなかった。
「それで……」
「はい?」
気が付けば、行商人が物凄い近距離で俺のことを見ているのに気付き、俺は慌てて距離を取ろうとするが、伸びて来た手がそれを許さない。
「ソラ嬢がレド様の力を継承していると知って、目的は何だ?」
「目的って……」
突然の質問に、俺は頭をフル回転させてその理由を探る。
「え、えっと……レ、レド様の力は、俺がこの世界に来ることになったとても重要な力じゃないですか?」
「…………それで?」
「もし、誰かにその力が継承されているならば、俺が元の世界に戻るきっかけになるかもしれないって思ったん……です」
慌てて考えた理由にしては、中々のものだったと思う。
「えっと……それだけです。別に何か悪いことを企んでいるとかはない……です」
「……そうか」
俺の答えに満足してくれたのか、行商人は手を離すと、何事もなかったかのように距離を取る。
……い、一体何だったんだ。
ソラがレド様の力を継承していることを知っていると、
「ところで……最近のソラ嬢の様子はどうだ?」
行商人が何事もなかったかのように質問してくるが、何を聞きたいのか今一要領を得ない。
「どうだ……と言われても、何を答えればいいのですか?」
「そうだな。知っていると思うが、ソラ嬢はレド様に似て体があまり強くないはずだ。だから最近、何か体調に異変が見られたとかそういうことはないかと思ってな」
「なるほど……」
そう言われて俺は、最近のソラの様子を思い出しながら質問に答える。
「確かに時々、咳き込んでいる時がありますが、それ以外は特に調子が悪いということはないようです」
「そう……か」
それを聞いた行商人は、心底安堵したように嘆息する。
その様子は、何だかまるで娘の体調を心配する父親の様であった。
……いや、まさかね。
行商人が獣人の王という可能性も万に一つぐらいはあるかもしれないが、それならそれを隠す理由がわからない。
それに、獣人の王というくらいだから、きっと二メートルは超える偉丈夫でなければ務まらないと思うし、そもそも行商人には獣人の証である獣の耳も尻尾も見えない。
でも、行商人がノルン城の関係者とは言え、どうしてソラの体調をそこまで気にするのだろうか。
「……話しても構わないが、それを聞いたら後戻りはできないぞ」
またいつも通り顔に出ていたのか、呆れた様子の行商人が話しかけてくる。
「ソラ嬢の秘密……それを知ったら、お前には命を賭けてでも彼女を守ってもらうが、それでもいいのか?」
「それは……」
俺の覚悟を試すような行商人の言葉に俺は、
「構いません」
ハッキリとそう告げる。
「元よりそのつもりですから」
もう既に、ここまで首を突っ込んだんだ。毒を食らわば皿までとも言うし、後顧の憂いは断っておきたい。
それに、ソラも大切な家族の一員だ。何があっても守るつもりでいるし、彼女だけを仲間はずれにするつもりは毛頭ない。
「……わかった」
俺の覚悟を聞いた行商人は静かに頷くと、
「実はソラ嬢には……」
ソラが抱えるある秘密を俺に話した。
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