第270話 NINJA!?

「貴重な話、ありがとうございました」


 行商人から獣人についての話を聞き終えた俺は、深々と頭を下げて礼を言う。


「知らなかったこの世界のこと、少しは知ることができたと思います」

「そうか……」

「そして俺たちがこの世界へと誘われた理由も知ることができたと思います」

「誘われた……理由?」

「はい、実はですね……」


 テオさんから聞いた話では、最後に残った自由騎士は、混沌なる者を倒せる者を連れて来ると言い残して、元の世界に帰ったということだ。


 おそらくその帰還者が、グラディエーター・レジェンズの開発者の一人にして、ゲーム内に召喚システムを組み込んだ人なのだろう。

 残念ながら俺に混沌なる者を倒す力はないし、その後もそれだけの力を手に入れられる気はしない。


 だけど、彼……もしくは彼女の願いは、混沌なる者を倒すだけじゃないはずだ。


 それは召喚システムを作ったレド様の残された血縁者、シドたち三姉妹の幸せだって含まれているはずだ。

 獣人の王が最後の賭けに出た時点で、この先の獣人たちに困難が待ち受けることは自明の理であった。

 だからきっと、そんな獣人たちを救うために、俺はこの世界へと誘われたと考える。


「最初からシドたちを守るつもりでしたけど、より自分の決意が固まったような気がします」

「……そうか、お前はあの者の手引きでこの世界へと来たのか」


 最後の自由騎士の末路については知らなかったのか、行商人は感慨深げに深く息を吐くと、項垂れるように顔を伏せる。


 いつも背筋をピン、と伸ばし、凛々しい姿であることが当然の行商人の姿に、俺は少なからず驚いていた。

 昔話をしたことで、過去の記憶と一緒に、当時の耐え難い感情も思い出してしまったのかもしれない。


「…………」


 いつもより小さく見える行商人の背中に、俺はかける言葉が見つからなかった。

 どんな言葉も今の俺では……安全な世界で社会から守られて生きてきた俺の言葉では、行商人の心に響くことはないだろう。

 それほどまでに、行商人の人生は想像を絶するものだった。


 そのまま項垂れる行商人を見守ること数分、


「コーイチ……」

「は、はいっ!」


 突然顔を上げた行商人に、驚いた俺は上ずった声で応える。


「な、なんでしょう……」

「……礼を言う」

「えっ?」


 思わぬ一言に、俺は思わず目を見開く。


 この人今……俺に礼を言わなかっただろうか。


 いや、別に礼の一つや二つぐらい誰だって言うことがあるかもしれないが、俺にとって師にも等しい人から告げられた礼は、筆舌に尽くしがたいほど嬉しかった。


「……どうした。何をニヤついている」

「い、いえ……な、何でもないです」

「言っておくが、お前に感謝はしても、今後も徹底的にしごいてやるから覚悟しておけよ」

「はい、わかっています」


 そう笑顔で返事をしてみたものの、この後の特訓はいつもの三割増しでしごかれることになりそうだ。

 だがそれは、これからも俺の師事を行商人がしてくれるという意味でもあり、これからどんな卑劣な戦い方を教わるのかと怖くもあるが、同時に嬉しくもあった。


「全く、ニヤつきやがって……」


 また顔に出ていたのか、俺の顔を見た行商人は、きっと仮面の下で苦虫を嚙み潰したような顔をしているだろう。


「さて、話は終わりだ。それじゃあ、今日の特訓を始めるぞ」

「はい、よろしくお願いします」


 俺は気合を入れるように自分の頬を叩くと、シドの真似をして剣士を剥き出しにするように獰猛に笑ってみせた。




 気持ちも新たにやる気十分の俺は、行商人の特訓に勢いそのままに挑んでいったが――


「し、死ぬ…………」


 予想通り三割増しに厳しい実戦形式の特訓に、俺はあっさりとノックダウン寸前まで追い込まれた。

 今日の特訓は、多対一を想定しての逃げと迎撃を繰り返して行う特訓だった。

 次々と攻撃を仕掛けてくる行商人から距離を取り、搦め手を使っては背後を取っていくという特訓内容だったのだが……、


「はぁ……はぁ……あ、あの人……元々は忍者なのか?」


 攻撃を掻い潜り、目潰し、各種罠、毒物の入った液体に、とんでもなく臭い匂いを放つ玉といった道具を駆使してどうにか行商人の背後を取ったと思ったら、次の瞬間には新手として再び俺の背後に現れて攻撃を仕掛けてくるのだ。


 そうして俺は攻撃を避けながら逃げ道を模索し、同時にどう態勢を崩して相手の背後を突くか考えるという、常に頭をフル回転させながら動き続けるのだが、少しでも動きが鈍ると容赦のない罵声と共に手痛い折檻が飛んでくるのだからたまったものじゃなかった。


 ……まあ、一瞬の判断の成否で命が取られないだけまだマシだと思って、今はこの痛みが少しでも経るように努力をしよう。


「ふむ……まあまあだな」


 岩場に大の字に倒れ、荒い息を吐き続ける俺に対し、息一つ乱していない行商人は流れてきた汗を拭いながら話す。


「このままいけば、侮っている三人ぐらいなら同時に相手にできるかもな」

「さ、さいですか……」


 ここまでやってたったの三人か……。しかも相手が侮っていること前提ときたものだ。

 一人前の自由騎士として……いや、一人前のアサシンとして認めてもらうにはまだまだ先が長そうだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る