第269話 獣人国の最期

 まさか、シドたちが俺たちをこの世界へ召喚したキーパーソン、レド様の娘だとは思わなかった。

 いや……だけど全く予感がなかったというわけではない。


「そうか、だからシドは……」

「どうかしたのか?」

「いえ……実はシドから自由騎士は、獣人のために存在するというような趣旨の話をしていたものですから」


 確信めいたように話すシドに、あれはどういう意味だろうと思っていたが、召喚術を作ったのがレド様だということになれば、少し納得がいく。


 自分の母親が呼び出したはずの自由騎士たちが、その娘である自分たちに……仲間である獣人に害を成すはずがない、と。


「なるほどな……」


 俺から話を聞いた行商人は、何処か感慨深い面持ちでゆっくりと頷く。


「シド嬢は……レド様のことを心から慕っておったからな。自分に母親と同じ才能がないとわかった時の落胆ぶりは、城の全員が気を揉むほどだったぞ」

「ハハッ、シドらしいですね」


 ミーファのがっくりと落ち込む様子を見た俺も気が気でない気持ちになるから、当時のシドの様子も、それはそれは可愛らしかったことだろう。


「ただ、レド様の力がシド嬢に継承されなかったのは良かったかもしれん」

「……どういうことですか?」

「言うまでもなく召喚術は非常に強力な術だ。それだけの力、ノルン城だけに独占しておくことを他の国が許すはずがない」


 自分たちでも強力な召喚術を使えるようにと、レド様は各国の諜報機関や、裏の社会の者に狙われ、随分と危ない目に遭ったようだ。


 さらに元から病弱で、体が丈夫でなかったレド様は、危険に晒され続ける日々によって徐々に弱っていったという。


「度重なる襲撃にレド様は見るからにやつれ、立っているのもやっとの状態だったのに、それでも召喚術を使い続けていた」

「ど、どうしてですか?」

「その頃には魔物襲来の頻度が増していてな。さらに召喚した戦士が育つ前に死んでしまったり、行方不明になってしまうケースも出て来て、とにかく戦力が足りなかったのだ」


 この世界に召喚された時にチート能力を付与されても、基礎体力は元の世界のままなので、全員が自由騎士となっていきなり活躍できるわけじゃなく、それなりの訓練が必要だ。

 それは俺がこの身を持って承知しているので、召喚された者は、いくらいても構わなかったのだろう。


「といっても、流石にこの方法には限界がある。さらに魔物だけでなく、間者やならず者ともやり合わなければならなくなり、エルフやドワーフといった協力者たちも次々と攫われ、殺されたりしていった」

「……酷いですね」

「ああ、あの時のノルン城は正に地獄だった。活気があった人々の往来は極端に減り、住民たちが一人、また一人と城を捨てて逃げていく様に国の終わりを見た気がしたよ」


 当時を思い出したのか、肩を落とした行商人は仮面の上から大きく嘆息する。


「……そして、私もまた王に暇を言い渡されて、ノルン城を出ることになった」

「えっ?」

「その時にはもう、生き残っていた自由騎士は、最初に召喚された戦士でない人間だけだったからな。後は最後の賭けに出る獣人の王を手助けするために、拠点をこのグランド街へと移したのだ」

「最後の……賭け?」

「ああ、混沌なる者をノルン城へとわざと呼び寄せ、召喚システムを逆に利用して混沌なる者を封じようとしたのだ」

「そ、そんなこと、可能なんですか?」

「私もそう思ったが、王には何か秘策があったらしく、決戦に備えるために私に戦力の拡充を依頼されたのだ」


 そうして王から依頼を受けた行商人は、グランド街で戦士の育成を行っていたようだ。


「そして数カ月後、どうしてか混沌なる者は獣人の王の挑発に乗った。空をも覆い尽くす大群の魔物と共に現れてな」

「そうか、それで……」


 後は前にテオさんから聞いた話へと繋がるというわけだ。

 多くの魔物を引き連れてノルン城へとやって来た混沌なる者は、死闘の末にレド様が命を賭して発動した召喚術によって世界の狭間に一時的に追いやることに成功した。


「……あれ? でも、確か混沌なる者を世界の狭間に追いやったのは、ノルン城の王女と聞いたんですけど……」


 この場合、ノルン城の王女が誰を指すかわからないが、レド様なら王女じゃなくて王妃と呼ばれるべきじゃないだろうか?


「その話を聞いたのは、おそらく市井の者だろう?」

「あっ、はい、そうです……」


 俺が頷くと、行商人も得心が言ったように頷く。


「おそらく、レド様の三人の娘が死んだと見せるために、王妃ではなく王女と情報操作されたのだろう」

「なるほど……」


 確かにそのように聞かされたら、レド様の娘であるシドたちは死んだと思い、その行方を探す者は激減するだろう。

 死して尚、残された娘たちに危機が及ばないようにという獣人の王たちの気遣いに、俺は親の強さを見た気がした。



 そうしてノルン城の王をはじめとする重鎮たちの命と引き換えに、混沌なる者率いる魔物の脅威を取り去ることに成功はしたが、代償としてノルン城陥落だけでなく、周辺諸国にも甚大な被害をもたらし、獣人たちは魔物を使って国々を滅ぼそうとしたというレッテルを貼られたというわけだ。


「でも、真実を知っているあなたがそれを皆に伝えれば……」

「しなかったと思うか?」

「あっ、いえ……それは…………」


 行商人の問い詰めるような質問に、俺は言葉を詰まらせる。


 それはつまり、行商人は既に手を尽くしたのだろう。


 獣人たちは悪くない。彼等は混沌なる者を倒すために一生懸命だっただけだ、と。

 だが、個人の話など大局の前ではないに等しく、レド様を手に入れられなかった国々の策略によって、結果的に獣人たちだけが泥をかぶることになったようだ。

 死人に口なしとはよく言ったものだが、これではあまりにも酷すぎると思った。


「尤も……全ての国が獣人たちを差別しているわけではない。ただ、この街はノルン城に近いだけに住民たちの反発が酷くてな……難民となった獣人たちを、地下に押し込むしかなかった。それぐらい当時のこの街の獣人に対する怨嗟は凄まじいものがあった」

「そう……だったんですね」


 当時のグランドの街を治めていたのは、リムニ様の父親だろうから、シドたちを地下へ匿う判断を下したのも、そういう住民感情を逆なでしないようにという政治的判断だったのだろう。

 その判断が正しかったのかどうかはわからないが、そのお蔭でシドたちは今もこうして生きているのだから感謝すべきなのだろう。

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