第268話 忘れ形見

「……少し話がズレたな」


 俺がエルフたちの話で興奮したのを見て、行商人はやれやれとかぶりを振りながら話しを本筋に戻す。


「他種族の力の集結によって誕生した召喚術だが、その中心にはある者がいた」

「ある者……ですか?」

「ああ、それは獣人の王の第七夫人にして、巫女と呼ばれる特別な存在だった」

「第七……」


 ということは、少なくとも獣人の王には七人以上の妻がいたということか。


 …………ごくり。思わず美女七人をはべらせている自分の姿を想像してしまった。


 その七人の中には、扇情的な衣装を着たシド、ソラの姿があるのだが、どうしてかミーファまでもが同じ衣装を着て満面の笑みを浮かべていた。


 ………………俺は、ロリコンではない。決して……きっと……多分……おそらく。


 すると、そんな俺の邪な考えを見透かしたかのように、行商人が低い声で話す。


「……何を考えている?」

「い、いえ……何も」


 俺は慌ててかぶりを振って、頭の中の妄想を追い払う。


 それに、そんなうらやまけしからんことを考えている場合ではない。

 というより、問題の巫女と呼ばれる人物に俺は心当たりがある。


「あ、あの、その巫女ってもしかしてレド様って人のことですか?」

「……お前、レド様を知っているのか?」

「話を聞いたことがあるだけです。直接会ったり、話したことはないですし、殆ど何も知らないのと同じです」

「そうか、この街でレド様の話をする者がいるとはな……」


 余程珍しいことなのか、行商人の声には驚きと戸惑いがない交ぜになったような声音になっている。


 レド様のことを話してくれたのはクラベリナさんだが、彼女もグランドの街の出身ではないとのことだから、俺にレド様の話をしてくれてたのは例外中の例外なのだろう。

 クラベリナさん……最後に会ったのはリムニ様と一緒にイビルバッドの討伐に向かう時だったけど、元気にしているだろうか。

 ……いや、クラベリナさんのことだから、毎日豪華に笑いながら泰三のことをビシバシとしごいていることだろう。


 ほんの少しだけ上での生活を思い出している俺に、行商人は「続けるぞ」と言って話を本題に戻す。


「レド様は不思議な力をお持ちな方でな。その力を王に見初められて後宮に入ったのだ」

「そ、そんな……」


 どうやら獣人の王は優秀な人材マニアのようだが、気に入った者をどんどん勧誘するどころか、妻にまでしてしまうとは、器がでかいというか何というか……。


「言っておくが、重婚が許されるのは王だけだぞ?」

「わ、わかってますって……いやいや、俺が別に重婚したいとかそういうことじゃなくてですね?」

「わかっておる。冗談だ」


 慌てふためく俺に、行商人は呆れたように嘆息して話を続ける。


「巫女としてのレド様の力は人には見えない異世界へと続く路が見えるとかで、王の命令でその路を繋ぐ研究をやっていたのだ」

「異世界への路を……繋ぐ」

「そうだ。突拍子もない意見のように聞こえるが、それに賛同したエルフが召喚用の魔法陣を開発し、そこへドワーフがレド様が見ている路の観測機を作り、最初の召喚術を成功させてみせたのだ」


 そうして最初に召喚されてやって来た異世界人は、これといった力こそなかったが、豊富な知識を持つ人間で、不完全だった召喚システムを改修し、それぞれの種族の力を巧く組み合わせて不完全な召喚術をより完璧なものへと昇華させてみせた。


 そうして次に召喚された者は、風のように素早く動く剣士、どんな攻撃すら防いで見せる重戦士、そして鉄すら粉砕してみせる戦斧使いという三人の男たちだった。

 今まで見たこともないチート能力の持ち主の男たちは、現れた無数の魔物たちを立った三人で瞬殺してみせ、その一騎当千の力を目の当たりにした獣人の王は、レド様に召喚術をもっと研究するように指示を出した。


「その後も召喚術によってノルン城は益々繁栄していくのだが、研究はそこで一時凍結される」

「えっ? どうしてですか?」

「レド様が三人目の子を授かったからだ。路を見つけるレド様なくして、安定した召喚術を施行するのは危険が伴うからな」

「なるほど……」


 どうやらこの世界でも産休という制度はあるようだ。


「生まれた子供は、レド様に似てそれはそれは可愛らしい女の子だった。上の二人のお子様もそうだが、三人とも誰もが羨む美人三姉妹だったよ」

「へ~……って三姉妹?」


 レド様に三人の子供がいることは知っていたが、三姉妹だとは知らなかった。

 そして、三姉妹と聞いて思いつくことは一つしかない。


 俺はまさかと思いながらも、今更ながらの質問を行商人にする。


「あの……レド様ってやっぱり獣人なんですか?」

「そうだ。それはお美しい狼人族ろうじんぞくの女性だったよ」

「ろ、狼人族って……」


 レド様の種族を聞いた俺は、自分の心臓が跳ね上がるの自覚するぐらい驚く。

 どうしてって、こんな偶然が他にあるとは思えないからだ。

 レド様の三人の娘は、ノルン城の陥落の時に行方不明となり、クラベリナさんは死んでしまったのだろうと言っていた。

 だが、実はその三人の娘は密かに城を抜け出し、人間の街まで生き延びて地下で身を潜めているとしたら?


「……そうだ」


 まだ何も言っていないのに、まるで俺の考えを読んだかのように行商人は頷く。


「お前が守るといったあの三姉妹は、レド様の忘れ形見だよ」


 それは衝撃的過ぎる一言だった。

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