第259話 小さいけど確かな一歩
「……ふぅ」
シドへと迫るリザードマンを、バックスタブによる一突きで倒した俺は、大きく息を吐いて彼女へと終わったことを手を振って伝える。
シド提案の作戦は、非常にシンプルだった。
アラウンドサーチを使って戦況を把握し、確実に助けられる者を餞別し、シドが囮となってリザードマンの注意を惹き付け、俺が後ろから倒す。
言葉にして並べると非常に簡単だが、助けようとする人物がこちらの思惑通りに動いてくれるかどうかわからない以上、決して分のいい賭けではなかった。
それに、周囲にいる他のリザードマンを事前に排除する必要もあったので、俺もシドも作戦前の時点で既に限界が近かった。
だが、その甲斐もあって問題の黒髪の少年は、俺たちの想定通りの動きをしてくれ、背後を晒したシドに襲いかかるような真似はしなかった。
……まあ、この辺は相手が子供だからというのもある。
実際、相手が子供ではなく、全身筋肉ダルマの偉丈夫だったら、シドに背後を晒させるような真似はできなかっただろう。
俺も以前に対峙したリザードマンジェネラルと比べると、かなり小柄なリザードマンを相手に臆することなく、冷静に、シドに迫る奴を処理できた。
ただ、この方法は地形に左右されやすく、イレギュラーに対応し辛いので、今後はもっと効率的に仕留められるような改善が必要だろう。
……さて、
俺はシドをちらりと見て頷くと、呆然とこちらを見ている黒髪の少年に、できるだけ感情を殺した口調で話しかける。
「……無事か?」
「は、はい。助かりました」
「そうか……リザードマンはこちらであらかた潰しておいた。後は生き残った仲間を連れて立ち去るがいい」
「えっ、でも……魔物討伐の報酬は?」
驚く黒髪の少年に、俺は肩を竦めてぶっきらぼうに応える。
「好きにしろ。ここに来るということは、生活に困っているのだろう?」
「それは……はい」
「なら遠慮する必要はない。それは、お前たちにくれてやる」
一方的にそう告げた俺は、踵を返して黒髪の少年に背を向けて歩き出すと、その後にシドも無言で続く。
「あ、あの!」
背後から黒髪の少年の切羽詰まったような声が聞こえるが、俺たちの足は止まらない。
助けた人物とは、必要以上の接触はしない。
それは、事前にシドと話し合って決めたことだった。
いくら子供とはいえ、彼等は冒険者なのだ。俺が賞金首であることを知ったら、目の色を変えて襲いかかって来ないという保証はないからだ。
「あ……」
俺たちが止まることがないことを察したようだが、黒髪の少年は無理に俺たちを追いかけてくることはない。
それも俺たちの読み通りだった。
あの少年は生き残った仲間を助けるためにここに残らざる得ないだろうから、俺たちを追うことができないのだ。
後はこのまま後ろを振り返ることなく立ち去ろうとするが、
「あ、あの、俺……ノインっていいます!」
俺たちの背に、黒髪の少年ことノインが叫ぶ。
「今日のこと、絶対に忘れません! だからいつか……いつか今日の恩を必ず返しますから! その……ありがとうございました!!」
ノインの決意の叫び声にも、俺たちの足が止まることはない。
ここでノインに応えたら、そこから関係がはじまってしまう。
それはきっと、互いに不幸になる未来しかみえない。
俺たちとノインとでは、住む世界が違うのだから。
だが、それでも、
「…………フフッ」
ノインの姿が完全に見えなくなったところで、俺は口元を覆った布の下で堪らず笑みが零れる。
「よかったな」
俺の気持ちが伝わったのか、隣に立つシドが俺の肩を優しく叩いてくる。
「本当に必要最小限だが、やれることはやったな」
「そうだね」
欲を言えばもっと多くの子たちを助けたかったが、今の俺にはこれが精一杯だ。
だけど、これで改めて自分の実力が認識できた。
的確に相手の背後を突くことができれば、確実に相手を倒すことができる。
後はここに、行商人から教わった搦め手をいかに有効的に使うことができるか……、
俺は色々と詰まった腰のポーチを一撫ですると、隣のシドに向かって笑いかける。
「さあ、後は俺たちも俺たちの仕事をして帰ろう」
「コーイチがさっきの死体を回収しなかったから、未だに成果はゼロだからな」
「ご、ごめんって……リザードマンもあらかた片付いたはずだから、これで回収に専念できるはずだから」
「そうだが、ちゃんと索敵は忘れるなよ」
「……そうだな。油断大敵、だな」
シドの言葉に、俺は浮かれそうになっていた気持ちを引き締め直すと、その場に留まって大きく息を吐く。
「……念のため、ここで一度索敵しておくよ」
そう宣言して、俺は目を閉じてアラウンドサーチを発動させた。
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