第260話 彼方からの依頼

 戦えるという実感を得ることができたが、その後一週間は特に何事もなく過ぎ去った。


 ノインという少年を救ったことを契機に、積極的に冒険者たちと絡むかといったらそんなことはなく、俺たちは相変わらず早朝の人がいない時間を狙って死体漁りスカベンジャーの仕事を行った。


 以前との違いは、回収に向かった死体に、大ネズミなどの脅威の度合いが低い魔物を見つけた時、その数が少なかったらシドと協力して討伐するようになったことだ。

 魔物とは言っても、こちらはリザードマンと比べるとかなり知能が低く、こちらが仕掛ける罠に確実に引っかかってくれるので、排除するのが比較的容易であることも大きい。


 そうして、近いうちに来るであろうリザードマンとの決戦に向けて、俺は少しでも戦闘の経験を積んでいった。




「ふぅ……今日も無事に帰って来られたな」


 死体漁りとしての仕事を終え、集落への入口となる鉄の扉のロックをしっかり確認した俺は、扉の前で大きく息を吐くと、後ろで大きな袋を下ろしているシドに話しかける。


「今日は上々の成果だったね」

「そうだな。これなら今日のベアたちの仕事はないかもな」


 そう言いながらシドはニヤリと笑うと、二つに分けた袋の一つを俺に渡してくる。

 俺が索敵に専念できるようにと、荷物持ちを買って出てくれたシドに心の中で感謝しながら、俺は薄汚れ、あちこち継ぎ接ぎだらけの布の袋を持ち上げる。

 だが、


「うおっ!?」


 持ち上げようとした袋が思いのほか重く、逆に腰が持って行かれそうになった俺は、慌てて袋を地面に下ろす。


「ハハハッ、なんだコーイチ。だらしないな」


 へっぴり腰になっている俺を見て、シドが白い歯を見せて笑う。


「あたしはこれを全部、一人で持っていたんだぞ」

「あっ、その……返す言葉もないです」


 俺は反射的に謝罪の言葉を口にしながら、袋の中を見てみる。

 すると、そこには今日の死体が持っていた装備品、鉄の胸当てや兜、そして円形状の盾といった今日の成果の中でも、特に重いものが中心に入っていた。


 一方、シドが持つ袋は、大きさは俺と左程変わらないが、きっとかさばるが軽いものが中心に入っていると思われた。


「ん? どうした」


 すると、俺の視線に気付いたシドが、底意地の悪そうな笑みを浮かべて自分が持つ袋を軽々と持ち上げてみせる。


「何だ。もしかしてあたしの袋と交換して欲しいのか?」

「……いや、そんなことないよ」


 俺はかぶりを振って立ち上がると「フン!」と気合いかけ声を上げながら袋を持ち上げて背負う。


「……さて、それじゃあ帰ろうか」


 俺は強気に笑ってみせると、シドについてこいと謂わんばかりに大股で歩く。


 ……ハッキリ言って、めちゃめちゃ重い。

 だが、ここで弱気な態度は見せられない。

 実にくだらない話だが、ここは男としてカッコイイところを見せたかったのだ。

 悲しいかな、女の子の前ではカッコつけずにはいられないのが男の性なのだ。


「……フフッ、本当にコーイチは面白いな」


 そんな男の意地をみせる俺に、シドは苦笑しながらも俺の後にゆっくりと続いた。



 ちなみにだが、集落へと続く階段の途中で限界がやってきて、シドに後ろから押してもらったが、意地として最後までシドと袋を交換してもらわなかった。




「……はひっ、はひっ、や、やっと…………着いた」


 ドスン、と布の袋を地面に下ろす俺に、


「お疲れさん。頑張ったな」


 シドは労いの意味を込めて軽く肩を叩いてくると、ひょいと俺が持っていた袋を軽々と持ち上げて担ぐ。


「もう、ソラが朝食を作って待ってるだろうから急いで食堂へ行くぞ」

「あ、ああ……」


 ……理不尽だ。一瞬だけそう思ったが、それはつまり、俺とシドとの力の差はまだそれだけあるということだろう。


「…………頑張ろう」


 一日でも早く力をつけて、シドの隣に並ぶに相応しい男になりたいと思った。



 どうにか息を整えて先を行くシドに追いついた俺は、


「……あれ?」


 そこで何やら集落の様子がいつもと違うことに気付く。

 俺たちは夜明け前に出発し、皆が起きる頃に戻っているので、いつもならこの時間は誰もいないことが多いのだが、どういうわけか既にベアさんたち男性陣が集まり、地下へと潜る準備をしていた。


「どうしたんだろう。何だか皆、いつもより早くない?」

「そうだな。いつもならこの時間は寝ているはずなんだが……」


 俺はシドと顔を見合わせて、何が起きたのだろうと首を捻りながら、輪の中心にいるベアさんに話しかける。


「あの……ベアさん。おはようございます」

「ああ、コーイチ君たち戻ったのか。おはよう」


 俺たちの姿を見たベアさんは、パーティーの仲間たちに一言断りを入れてから、俺たちに向き直る。


「調度よかった。君たちと話がしたいと思っていたんだ」

「……何でしょう?」


 そう話を振られるということは仕事の話、死体漁り絡みの話題だろう。


「実はだな……」


 あまり好ましくない話なのか、ベアさんはちょっと困ったように苦笑しながら話す。


「上から緊急の依頼が入ってね」

「……上?」


 意味が分からず、小首を傾げる俺に、ベアさんは依頼人について話す。


「上とは言うのはこの集落の上、グランドの街の冒険者ギルドのことだよ」

「……えっ?」


 その言葉を聞いて、俺は背中に冷たいものが走るのを自覚する。


 冒険者ギルド……それは地上に住んでいた頃に大変お世話になった組織ではあるのだが、現在は俺を賞金首として、金貨百枚の懸賞金をかけている組織だ。

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