第229話 リベンジ
――二日後、
「どうだ。少しはまともになったのか?」
いつもの時間に集落へとやって来た行商人は、奥様方との商談を一通り済ませ、ウォームアップをしていた俺に話しかけてくる。
「今日で結果が出なければ、私からもう教えることはないと思え」
「はい、それで構いません」
挑発するような行商人の言葉に、俺は顎を引いて小さく頷く。
あれからの二日間、俺は自分が求める理想の姿に近づけるように、ひたすら対策を練り続けた。
行商人にやられた怪我も、集落の皆が起き出す頃には本当に嘘みたいに治っており、その日から動くのに何の支障もなかった。
俺はシドとソラ、さらにはベアさんたち集落の男性陣にも自分の想いを話し、何をどうしたらいいかアドバイスを聞いて回った。
大きな声では言えないが、どうやら俺のアニマルテイムのスキルは、男性の獣人にも効力を発揮するようで、俺からの質問を聞いたベアさんたちは、必要以上に親身になって今の俺にでもできる対応策を考えてくれ、実戦形式での訓練にまで付き合ってくれた。
ただ、時々感じる背筋が凍るような熱い視線を浴びせかけられるので、一対一で彼等と会うのは極力避けた方がいいだろうと思った。
ただ、その甲斐あって今度は前とは全く違った意味で、自信に満ち溢れていた。
俺は体の緊張を少しでも解そうと大きく伸びをして、
「すぅ…………はぁ…………」
深呼吸を一つして呼吸を整える。
……ここで認められなかったら後がないはずなのに、随分と落ち着いているな。
俺は今の自分の心理状態に少なからず驚いていた。
ただ、何となくだが俺は今日の訓練が失敗に終わるとは到底思えなかった。
これまでとの最大の違いは、自分一人だけで結論を出さず、周りの人たちと話し合って入念に準備を行ってきたことだ。
「…………フッ」
皆の想いが俺を後押ししてくれているからか、笑みを浮かべられるほどの余裕があった。
俺は腰を落として半身に構え、右手をいつでもナイフへと伸ばせる位置へ置くと、行商人に向かって話しかける。
「では、よろしくお願いします」
「うむ……では、参る」
そう発言して、行商人が矢のような勢いで飛び出す。
姿勢を低く、地面を這うように進む行商人は、
「ふっ!」
小さく息を発しながらアッパーカットを繰り出してくる。
以前とは違う動きに、俺は一瞬だけ動揺しかけるが、行商人の肩の動きに注視して冷静にアッパーカットの軌道を読むと、
「――くっ!?」
どうにか紙一重で回避してみせるが、
…………あ……っぶな!
拳圧だけで髪の毛数本が宙に舞うのを見て、俺は三日前の腹部への一撃を思い出してしまい、堪らず腹へと手を当てる。
「……どうした? 体が止まっているぞ」
恐怖を思い出して身を固くする俺に、行商人は容赦なくラッシュを仕掛けてくる。
「うっ…………クッ…………あぐっ!?」
パンチ、キック……キックと思いきやのワンツーパンチと、自由自在に繰り出される多彩な攻撃に、俺はガードし切れず何発か攻撃を喰らってしまう。
だが、どうにか致命となる攻撃だけは防ぎ、必死になって態勢を立て直す。
この二日間、漫然と遊んで過ごしていたわけじゃない。
俺は必死に襲いかかってくる攻撃を捌き続け、頭上から振り下ろされるパンチを前方へ身を投げ出して回避すると、そのままの勢いを利用して行商人から距離を取る。
「…………ほう」
前回よりさらに上達したであろう連続攻撃への対処法に、行商人からため息が漏れる。
「この僅かな期間で、これだけ動けるようになるのはたいしたものだ。相当、鍛錬を積んだようだな」
「い、いえ、そんな……」
「謙遜するな。称賛を素直に受け止められない奴は成長が鈍るぞ」
「……あ、はい。ありがとうございます」
まさかの言葉に、俺は戸惑いながらも礼を言う。
それと同時に、やはりこれからもこの人から師事を仰ぎたいと思った。
思わず憧憬の眼差しを向ける俺に、行商人は特に気にした様子も見せず、
「だが、これだけでは足りないな」
再び半身に構え、臨戦態勢を取る。
「コーイチ、お前の本気、見せてもらうぞ」
「……望むところです」
「そうか、では、次だ……」
そう言って行商人は、以前と同じように再び大きく後ろに飛んで距離を取る。
――っ、来た!
それを見て、俺もまた行動へと出る。
足に力を込めると、地面を強く蹴って一気に移動する。
――行商人から逃げるように。
「……何?」
背後から驚くような声が聞こえるが、俺は止まらない。
それどころか、
「ハハッ、三十六計逃げるに如かず、ですよ。悔しかったら捕まえてみたらどうです?」
俺は行商人を挑発するような台詞を吐きながら、彼我の距離をどんどん離した。
いきなり逃げ出した俺に、行商人は思わず面食らったように硬直していたが、
「……面白い」
そんなことを呟きながら、猛然と俺を追いかけてきた。
うわっ、お、思った以上に早い。
もう少し時間を稼げるかと思ったが、行商人の立ち直りの早さに、俺は焦りを覚える。
勝負はまだ始まったばかりなのだ。
俺は後ろから聞こえてくる足音に戦々恐々としながらも、作戦を実行できる位置まで移動するために必死になって足を動かし続けた。
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