第228話 家族の時間
――翌日、俺は目を覚ますと同時に自分の腹部へと手を伸ばす。
「…………痛くない」
服をめくってみると、そこには行商人の拳の痕が赤く残ってはいたが、精々強く叩いた時に残る赤さ程度で、昨日見た時の様な、いかにもヤバイ赤黒い色ではなくなっていた。
一体全体、何をどうやって攻撃すればこのような傷痕になるのかは皆目見当もつかないが、行商人が言ったことは全て真実だった。
「……コーイチ」
「コーイチさん、起きましたか?」
俺が目を覚ますと同時に、寝床を仕切っている布がめくられ、シドとソラが姿を見せる。
「……二人とも、おはよう」
「おはよう……じゃないだろう。腹の方は大丈夫なのか?」
「そうです。こっちはコーイチさんに何かあったらと気が気でなくて……」
俺を気遣うような二人の様子を見る限り、どうやらかなり心配させてしまったようだ。
「それなんだけどね……」
俺は寝ているミーファを起こさないように身を起こすと、二人に服の裾をめくって腹部を見せる。
「こんな感じになった。ちなみに痛みは信じられないくらい、ない」
「……マジかよ」
「治って……いるのですか?」
「ああ、どういう理屈かはわからないけどね」
俺が自分の腹を軽くポン、と叩いてみせると、二人の顔に安堵の色が灯る。
ソラなんか自分の胸を押さえてその場にへたり込んでしまうほどで、今回のことで俺は二人にどれだけ迷惑をかけてしまったかを思い知る。
……本当に、しっかりしないと駄目だな。
俺はゆっくりと立ち上がると、座っているソラへと手を差し伸べる。
「ほら、ソラ……立てるかい?」
「あ、ありがとうございます」
ソラは顔を赤くさせながら俺の手を取って立ち上がると、パン、と手を打って俺に質問してくる。
「あっ、コーイチさん。お腹空きませんか?」
「ああ、そういえば……」
ソラから指摘されると同時に、俺の腹がかつてないほどの大きさで空腹を訴えてくる。
「……えっと」
その間抜けな音に、俺は顔が急激に赤くなっていくのを自覚しながら、ソラに正直に告白する。
「めちゃくちゃ空いてます」
「フフッ、そう言うと思っていました」
ソラは「ちょっと待ってくださいね」と言い残して、自分の寝床へと戻る。
「お待たせしました」
そうして戻って来たソラの手には、昨日の夕食のために焼かれた黒パンがあった。
「冷めて固くなっちゃいましたけど、少しはお腹を満たせると思いますから」
「ありがとう、助かるよ」
俺はソラから拳二つ分くらいの黒パンをありがたく受け取ると、二つに割って片方を口に放る。
「…………うん」
確かにソラの言う通り、黒パンは冷めて固くなってしまっていたが、ソラが一つ一つ手作りしているので味の保証はされている。それに、冷めて固くなっている分、回数多く噛まなければならず、その分だけ満腹中枢が刺激されるので今はこの固さがありがたいと思った。
俺は用意されたパンを一切の水分を摂取せずに、しっかりとよく噛んで味わって食べた。
パンを食べ終えた俺は、最後に水を一気に飲み干すと、大きく息を吐いてソラに礼を言う。
「……ふぅ、ご馳走さまでした」
「いえいえ、お粗末様でした」
ソラは深々と頭を下げると、思わず見惚れるような麗しい笑みを浮かる。
「どうやらすっかり元気になられたようで、安心しました」
「本当……二人には迷惑かけたね」
「いえ、お気になさらないでください」
「そうだぜ。あたしたち家族だろ? 遠慮はなしだぜ」
恐縮する俺に、シドは白い歯を見せながら嬉しいことを言ってくれる。
「……だけど、いくら無事で済んだといっても、あいつの訓練は危険過ぎる。次は命の危機に陥るかもしれない」
シドは真剣な表情になると、諫めるような静かな声で話す。
「なあ、コーイチ。強くなるなら別にあいつに頼る必要はないだろ? こう見えてあたしも腕に覚えはある。時間はかかるだろうけど、あたしがお前を鍛えてやってもいいんだぞ?」
「……ありがとう」
シドからの提案はとてもありがたい。
だが、
「……俺はこれからもあの人に教わるよ」
シドからの提案を、俺はきっぱりと断る。
「確かに今回はかなり酷い目に遭ったけど、これも全て俺が悪かったからなんだ」
「どういうことだ?」
「あの人は、俺にシドたちを守れる強さを教えてくれようとしていたのに、俺はあの人を倒すことを目標にしてしまったんだ」
だから、その道は間違っていると、行商人は俺に罰を与えた。
その罰は余りにも過酷な罰ではあったが、俺を踏み止まらせるには十分過ぎるものだった。
「でも、次は間違えない。ちゃんと課題をこなしてきちんと強くなってみせるよ」
「……信じていいのか?」
問いかけるようなシドの視線を、俺は真っ直ぐ受け止めながら頷く。
「ああ、俺を信じて欲しい。それと、シドには引き続き協力を頼みたいんだけどいいかな?」
「……わかったよ。そう決めたのなら、あたしはコーイチの意見を尊重するよ。それに、協力は惜しまないつもりだ」
「あっ、私も……私もお手伝いします」
シドに続いて、ソラも元気よく手を上げて協力を申し出てくれる。
「体を動かすのは苦手ですが、サポートならお任せください」
「うん、よろしく頼むよ」
「はい、喜んで」
俺がお願いすると、ソラは花のような可憐な笑みを浮かべた。
先ずは前回の反省点を洗い出し、するべきことを明白にして明後日までにしっかりと準備を整え、何としても行商人に俺の力を認めさせる。
ハッキリ言ってまだまだ弱過ぎる俺だが、皆の協力があればどうにかなるような気がしてきた。
そんなことを考えていると、
「…………ミーファも」
可愛らしい声が聞こえ、俺たちは思わずそちらを見る。
「…………ミーファも、たべりゅうぅ…………」
黒パンの匂いに釣られたのか、実に可愛らしい寝言が聞こえて来て、俺たち三人は顔を見合わせて笑顔を零した。
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