第219話 地下の宴

「……何だ。これは」


 その日の午後、三日に一度の行商にやって来た行商人は、賑わう集落の様子を見て顔をしかめる。


「あっ、どうも。こんにちは」


 行商人の姿を見つけた俺は、こんがりと焼けた魚を手に話しかける。


「実は今日、下で新鮮な遺体を見つけまして……」

「そうか、蛆虫か」


 俺の一言と手に持つ魚だけで全てを察した行商人は、深く頷く。

 やはり蛆虫を使って魚を捕まえるという狩猟は、この世界では割とポピュラーなようだ。


「なるほど、それで皆で卓を囲んでいたというわけだな」


 そう言いながら行商人は、白い仮面のまま当たりの様子を見る。

 いつも即席の販売所となる集落の入口の広場には、数多くの獣人たちが貴重なたんぱく源である焼魚を手に、ちょっとした宴会の様に盛り上がっていた。


 結局、俺たちが捕まえた魚は五十と少しで、その殆どをシド一人で捕まえてみせた。

 持ち帰るのも一苦労だった魚を、シドは気前よく集落の人全員に振る舞うと言い、後は奥様方質の手によってあれよあれよとこの場が設けられたのだった。


 初めて見る人も多かったが、誰もが楽しそうにしているのを見て、苦労して魚を捕まえてきて良かったと思う。


「あっ、そうだ」


 俺は手に二つ持っている串に刺さった焼魚を行商人に差し出しながら笑いかける。


「よかったら、一匹食べませんか?」

「いや、いい……」


 俺が差し出した焼魚には一瞥もくれずに行商人はかぶりを振る。


「お前たちの生活状況を鑑みれば、それは私が食べるに相応しくない」

「そ、そうですか?」

「そうだ。だからそれは他に相応しいものにやるといい」

「は、はい……」


 そうは言うが、俺はこれからのトレーニングを考えて、自分の分は夜に食べるように別に取ってあったりする。


 ならば、と俺は口の周りに魚の破片をいっぱいつけて幸せそうな顔をしているミーファへと話しかける。


「ミーファ」

「はぁひ、ほひぃちゃん?」

「……飲み込んでからでいいぞ」

「ふん…………」


 ミーファは大きく頷くと、幸せそうに目を細めながらもぐもぐと咀嚼を続ける。


 …………可愛いな。


 まるでリスのように、口いっぱいに頬張ったものを一生懸命に咀嚼するミーファの姿を微笑ましく思いながら、俺は彼女の口の周りについた魚の破片を取ってやる。

 こんなところをシドに見られたらまた怒られちゃうぞ。とは後が怖くて言えないので、俺はおとなしくミーファが食べ終わるのを待つ。


 待つこと数秒、ごっくんと大きな仕草で口の中を飲み込んだミーファは「むふ~」と満足そうに息を吐きながら笑顔を向けてくる。


「おにーちゃん、な~に?」

「うん、ミーファ。よかったらもう一匹魚を食べないかと思ってね?」


 その言葉を聞いた途端、ミーファの大きな瞳がキラキラと輝き出す。


「いいの?」

「ああ、いいよ。お兄ちゃん、今はご飯食べないから、ミーファに食べてもらいたいんだ」

「わかった!」


 俺が差し出した串を、ミーファは奪い取るように引き寄せると「あ~ん」と大きな口を開けて頬張る。


「うにゅぅ、おいしぃ……」

「ハハッ、ミーファは本当に美味しそうに食べるな」


 その満面の笑みを見ているだけで、こっちまで幸せになってくる。

 この笑顔を見られるから、俺はミーファについつい食べ物をあげたくなるのだ。


「ああっ、ズルいですよ」


 幸せそうな笑みを浮かべているミーファを眺めていると、背後からソラの声が聞こえる。


「お魚は一人一匹まで、姉さんとコーイチさんは功労者ですから二匹と皆で決めたじゃないですか」

「あっ、まあ……そうなんだけどね」


 俺はソラの咎めるような視線から目を逸らしながら、もう一匹の魚を見る。


「実は俺の分の魚は夜食べるように別に取ってあるからさ……よかったらもう一つはソラが食べるかい?」

「えっ、いいんですか?」

「いいよ。功労者という意味では、ソラも十分功労者だからさ」

「フフッ、ありがとうございます」


 ソラは大人びて見える優雅な笑みを浮かべると、俺が差し出す串へと手を伸ばす。


 だが、


「――っ!? ケホッ…………ケホッ、ケホッ」


 突如として未成熟な胸を押さえ、苦しそうに咳き込む。


「だ、大丈夫か!?」


 俺は苦しそうに顔をしかめるソラの背後に回ると、優しく背中を擦ってやる。


 三姉妹と一緒に暮らし始めて気付いたのだが、健康的で逞しいシドとミーファとは違い、ソラは何かしらの病気を抱えているのか、たまにこうして発作を起こして咳き込むことがあった。


「大丈夫か? とりあえず一度家に戻って休むか?」


 こういう時、俺はソラの身を案じて休むように提案するのだが、


「…………だ、大丈夫です。いつものことですから」


 そう言って大きく息を吐くと、


「……すみません、コーイチさんの魅力に思わずあてられちゃいました」


 大概、ソラはそんなくだらない冗談を言いながら儚く笑ってごまかす。

 そんな顔を見せられたら、俺としては何も言えなくなってしまう。


 ただ、ソラの意見を尊重しながらも、俺は彼女の体の異変には常に気を配っておこうと思う。

 そして、ソラが何かしらの病気を患っているのなら必ず治してみせる。

 そんなことを思っていると、


「……それじゃあ、コーイチさん。一つお願いできますか?」


 ようやく発作が治まった様子のソラが、可愛らしく小首を傾げながらお願いをしてくる。


「今の咳で、少し疲れましたの。ですからそのお魚を食べさせてもらえませんか?」

「えっ?」

「お願いしますね?」


 そう言いながら、ソラは口を「あ~ん」と小さく開けてこちらに顎を突き出してくる。


「あ、あの……ソラさん?」

「……早くしてください。恋人からのお願いですよ?」


 行商人が見ているからか、ソラはウインクを一つして再び口を開けて「あ~ん」の姿勢を取る。


 ……こ、これはやるしかないのか。


 俺はゴクリと喉を鳴らして唾液を飲み込むと、手にした魚をソラが食べやすいようにそっと彼女の口に近づけていった。

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