第218話 新たな漁猟

 こうして新たに始まった地下での生活は順風満帆とはいえなかったが、かなり充実したものだった。


 死体漁りスカベンジャーとしての仕事は、二日働いて一日休むというペースで、行商人からの情報がある場合はそこを優先的に、そうでない場合はアラウンドサーチを使って魔物との接敵を避けながら下水道を探索して回った。


 行商人によるトレーニングも鋭意継続中で、最初のトレーニングの後は、二日間まともに動くこともできなかったが、日を重ねるうちに徐々に回復も早くなっていき、一か月も経つ頃には、その日のうちに日常生活を送れるほどには回復できるようになっていった。


 俺の体も、この世界に来てから一回り大きくなったような気もするし、死体漁りの仕事としても、遺品運びが格段に楽になったと思うし、魔物相手の逃亡も息を切らさずに逃げられるようにもなった。


 日々、自分が成長していく手応えを感じながら、俺はもっと早くこうするべきだったと思う。

 異世界で生きていくためには、並大抵の体力では持たないので、基礎体力の向上、そしてある程度の筋力を付けておくことを強くお勧めする……ソースは俺。

 まあ、チートスキルがあればそんな問題は簡単に解決するだろうが、誰しもがそんな便利な能力を持って異世界に行けるわけではないので、日々の備えが大切ということだ。



 そんなことを思いながら、今日も俺はこの異世界、イクスパニアで生きていく……




「さて、それじゃあいくぞ……」


 犬歯を剥き出しにしてニヤリと笑ったシドは、手にした瓶の中身、うねうねと蠢く白い蛆虫を水路へと流していく。


「うわぁ……」


 水の中に落とされてもうねうねと元気に身をくねらせる蛆虫を見て、俺は全身に鳥肌が立つのを自覚する。


 現在俺たちは、早朝の死体漁りの仕事を終え、その足で生活の拠点である獣人たちの集落から一つ上の地下水路へと上がり、魚が多くいるという場所までやって来ていた。

 そこは街の中を流れる何本もの水路が合流する場所で、複雑な水流によって多くの魚が生息するのに適した環境になっているという。

 その中の一本の水路へ、俺と三姉妹は貴重なたんぱく質の確保へとやって来たのだった。


 蛆虫を放流して数十秒、小指の爪ほどの白い虫が身を捩りながら漂う水路を眺めていたシドが嬉々として水路を指差す。


「ほら、魚たちが出てくるぞ」


 そう言ってシドが指差す先を見ると、黒い水面にパシャパシャと音を立てながら蛆虫に集る魚たちの姿が見えた。


「そら、とっとと捕まえるぞ……」


 そう言いながらシドは水路のすぐ脇へと膝を付けると、


「よっ!」


 短く息を吐きながら水路へと、目にも止まらぬ速さで手を差し入れる。

 次の瞬間、シドのすぐ脇に彼女の手によって掬い上げられたであろう魚が、ピチピチと石でできた通路の上で跳ねていた。


 マ、マジかよ……、


 魚を捕まえると言っていたが、まさか素手で掬い上げるという離れ業をやってのけるとは思わなかった。

 一瞬の早業に思わず見惚れていると、俺の視線に気付いたシドが二匹目の魚を救い上げながら話しかけてくる。


「何を見ているんだ。コーイチも早く捕まえてくれ」

「いや、そうは言っても……」


 試しに魚がいると思われる位置に手を差し入れてみるが、当然ながら俺の手には何も引っかからない。


「えっ? 魚ってそう簡単に捕まえられるものなの?」

「何やってんだ。こうだよ、こう……」


 そう言いながら、シドはあっさりと三匹目の魚を掬う。


「なっ? 簡単だろ。ソラもミーファもできるんだからコーイチにもできるはずだぜ」

「えっ!? 嘘……」


 武闘派のシドはともかく、まさか愛らしい二人がそんな……と思いつつも二人がいる方へと目を向けてみると、


「えい!」

「やああああぁぁ!」


 可愛らしい声を上げながら、ソラとミーファがシドと同じように魚を掬い上げていた。


「なん……だと?」


 これは一体、どういうことだろうか。

 次々と魚を捕まえているソラとミーファは、シドみたいに目にも止まらぬ早業で魚を捕まえているのではなく、まるで金魚すくいをやるみたいにゆったりとした手つきで一匹、一匹静かに掬い上げていた。


「…………」


 なるほどと思って試しにゆっくりと手を入れてみるが、蛆虫に夢中のはずの魚は、俺の手が近付くとするりと身をかわして何処かへと去ってしまう。


 ……えっ? これ、無理じゃね?


 魚の感触が僅かに残る手を見ながら絶望に暮れていると、


「コーイチさん……」


 三姉妹の次女、集落のアイドル的存在のソラが話しかけてくる。


「もしかしてお魚、捕れませんか?」

「あっ、うん……」


 ここで虚勢を張ってもしょうがないので、諸手を上げて素直に成果がないことをソラに伝える。


「何度か試してみたんだけど、かすりもしないよ」


 すると、ソラはパン、と柏手を打って笑顔を咲かせる。


「では、よろしかったら私がお魚の捕まえ方を教えましょうか?」

「えっ、いいの?」

「はい、勿論です」


 そう言ってソラは俺の背後に回ると、背中かから抱き付くようにして俺の右手を掴む。


「いいですか? 先ずはですね……」

「あっ、うん……」


 なんだかこうしていると、まるで恋人みたいだな。

 そんなことを思いながら、俺はソラから魚の捕まえ方を教わった。



 その後、ソラの教え方が良かったのか、俺は見事に魚を三匹捕まえることに成功したのだった。

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