第212話 悲しい結果

 一体、今の一瞬の間に何があったのだろうか。


「がっ!? あっ…………はぁ…………」


 痛みに顔をしかめながら必死に息をしようと試みるが、背中を強打した影響か上手く呼吸ができず、空しく喘ぎ続ける。


「コ、コーイチ!」


 口から泡を吹く俺を見て、シドが血相を変えて飛んできて俺を起こしてくれる。


「……全く、この馬鹿野郎が!」


 罵倒しながらも、シドは俺の背中を優しく擦って介抱しながら耳元で囁く。


「お前の言いたいことは、あたしも十分知っているんだよ」

「なん…………て?」

「あたしたちは正規の冒険者じゃないから……この街の住人として認められていないから、死体漁りスカベンジャーとして働いてもまともな報酬は貰えないんだよ」

「そ……う………………なの……か?」


 驚いて顔を上げると、神妙な顔をしたシドと目が合う。


「そうだよ。でも、そんなあたしたちにあいつが金になる仕事を……あたしみたいな女一人でもできる仕事を紹介してくれたんだよ」

「でも……そうだとしても、あいつは報酬の中抜きを……」

「だとしてもだよ。ネームタグのないあたしたちは、それを受け入れるしかないんだよ」

「…………」


 シドの言葉に、俺は唇を噛みしめながら俯く。


 ようやく死体漁りという仕事に就くことができたと思ったら、ここでも街の正規の住人じゃない……ネームタグがないという理由だけで、理不尽な扱いを受けるという事実が立ちはだかる。

 ネームタグという小さな板一枚に、どうしてここまで翻弄されなければならないのだ。


 あの時……違法風俗店から逃げる時に、ネームタグを回収しなかったことが悔やまれてならない。

 そうであれば、今こうしてシドに悲しい顔をさせることなんてなかったんだ。

 だが、そんな過ぎたことを悔いても仕方ない。


 それよりも俺が気になるのは、俺が安全な位置で漫然と薬草採取を続けていた頃も、シドはたった一人であんな危険な下水道に潜り、家族のためにと驚くほど少ない成果にも文句言わずに、身を粉にして働いていたということだ。


 その事実を知ってしまった今、俺の中にはある想いが激しく渦巻いていた。


「シド、俺……悔しいよ」

「……何がだ?」

「今の、この状況にだよ。シドはこんなにも頑張っているのに、その成果が真っ当に評価されず、微々たる報酬でも甘んじて受けるしかないなんて……あんまりじゃないか」


 だってそうだろう?


「成果に見合った報酬は、誰にだって貰う権利ぐらいはあるはずなんだ」

「コーイチ……」


 俺が思いの丈をぶちまけると、シドは何故か「プッ」と小さく吹き出し、


「全く、お前って奴は……」


 何故か笑いながら、俺の背中をバシバシと叩いてくる。


「イタッ!? イタッ!? シド、痛いって」


 一体何が面白いのかわからないのだが、シドの馬鹿力で叩かれると堪らなく痛い。

 そんな俺の苦情を無視して、シドは俺の背中を遠慮なく叩き続けると、


「あ~、よかった」


 そう言って、盛大に笑った所為で出てきた涙を拭いながら吐露する。


「もし、コーイチがあたしに同情して謝ったのなら、ぶっ飛ばしているところだったよ」

「えぇ……」


 その一言に、俺は引き攣った笑みを浮かべながら後退りする。

 もしかしなくても、俺は今、シドの地雷を踏む寸前だったようだ。

 まだ状況がよくわかっていない俺に、シドは「フン」と鼻を鳴らしながら話す。


「まあ、確かにあたしも現状に満足しているつもりはない。だけど誰かに可哀想だ、寂しい奴だと同情されるほど落ちぶれちゃいないつもりさ」

「シド……」

「だけどコーイチは上からじゃなく、あたしと同じ目線に立ち、共感してくれた。それが、本当に嬉しかったんだよ」


 シドは鼻の下を擦りながら照れくさそうに笑う。


「それと、コーイチが勝手に飛び出すから言い忘れたが、今回の稼ぎは決して悪い額じゃないんだよ」

「えっ?」


 銅貨十枚という報酬が悪い金額じゃない?

 俺が泊まっていた宿屋で食べられるボアステーキの定食が銅貨十枚だった。

 この価格はかなり良心的な値段で、普通の街の酒場では銅貨十枚で飲み食いしようとしても、かなり侘しくなってしまう。


 そんな価値しかない銅貨十枚が悪くないとはどういうことかと思っていると「まあ、見ていろ」と言って俺から離れたシドは、行商人に向かって話しかける。


「すまないな。ウチのもんが迷惑かけた」

「いや、気にしていない」


 シドからの謝罪に、行商人は小さく首を振りながらぶっきらぼうに応える。


「それで、報酬はいつものでいいのか?」

「ああ、それで頼む」

「わかった。では、商品を選ぶといい」

「助かる……」


 行商人に礼を言ったシドは、俺の下へと戻ってくると手を差し出してくる。


「さあ、コーイチ。買い物の時間だぞ」

「買い物って……お金は?」

「大丈夫。心配いらないさ」


 俺がそう尋ねると、シドは「フフン」と得意そうに鼻を鳴らしながら教えてくれる。


 獣人であり、グランドの街の正規の住人でないシドが死体漁りの仕事をしても碌な報酬を得ることはできない。それこそ、先程行商人が示した金額程度しか貰えないという。

 だが、行商人は死体漁りとしてのクエストの報酬を、金ではなく商品と交換するならば、本来受け取れるはずの額の半分、今回は銅貨五十枚ほどの商品と交換してくれるという。


「じゃ、じゃあ……」

「ああ、報酬としては十分ではないかもしれないが、ある程度の物は買い揃えられるから安心してくれ」

「そう……なんだ」


 その答えを聞いた俺は、力が抜けて思わずがっくりと項垂れる。


 確かに十分な報酬とはいえないかもしれないが、確かにそれだけあれば、必要最低限の物は買うことはできるだろう。

 それこそ、ミーファが望む肉も少しは買えるかもしれない。

 となるとさっきの俺の行動は、完全に空気を読めない奴のただの暴走に過ぎなかったというわけだ。


 その事実を知った俺は、手遅れと知りつつもこう思わずにはいられなかった。


 シド……それ、早く言ってよ~、と。

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