第213話 買うべき物
こうして待望の買い物へとありつけることになった俺だったが、その前にやるべきことがあった。
一人行商人の前へと進み出た俺は、深々と頭を下げて先程の非礼を詫びる。
「その、さっきは失礼なことをしていまい、大変申し訳ございませんでした」
「……うむ」
俺からの謝罪に、行商人は仁王立ちの姿勢のまま首肯する。
「気にするな。君の気持ちも多少はわかる」
「そ、そうなのですか?」
「だが、大切な家族が見ている前で、暴力に訴えるなどという短絡的思考に流されるほど、私は愚かではないがな」
「うぐぅ……」
その容赦のない一言に、俺は頭を抱えて蹲る。
確かにさっきの俺は傍から見ると、愚かで、哀れで、滑稽だったことだろう。
自分の置かれた状況をわきまえず、与えられた結果に満足いかないと喚き散らし、挙句の果てには暴力に訴えて覆そうとする。
そういったことをする人間に思い当たる節があるので、そういった行為だけはしないようにしたかった。
ヤバイ……冷静になってくると、自己嫌悪で死にたくなってくる。
「…………失敗は、誰にもあるものだ」
すると、項垂れる俺に頭上から声がかかる。
声に反応して顔を上げると、表情が全く読めない仮面姿の行商人が俺を見ていた。
「どれだけ用心しても、失敗を完全に回避することなど不可能だ。それは、わかるだろう?」
「それは……はい」
行商人の問いに、俺は神妙な顔で頷く。
失敗を完全に回避する。もし、そんな方法があるのなら是が非でも教えてもらいたいものだ。
俺が頷くのを確認した行商人は、ゆっくりと首肯しながら話す。
「失敗を回避することはできない。だが、大事なのはその後、どうやって起き上がるかだ」
「どう……やって?」
「そうだ……失敗を糧に一回り成長して起き上がり、同じ過ちを繰り返さないのが優秀な者。何も考えずに起き上がり、再び同じ過ちを繰り返すのが愚鈍な者……人間、其方はどちらかな?」
「俺は……」
仮面で表情は読めないが、その挑むような視線を受けて、俺は顎を引いて睨み返す。
「俺は……愚鈍かもしれないけど、二度と同じ過ちを繰り返さないように最大限の努力をするつもりです」
「そうか……」
俺の返答を聞いた行商人は、小さく頷くと、
「ならば見せてもらうとしよう……其方の行く道をな」
そう言って俺から背を向けて歩き出す。
「…………」
もしかして、励ましてくれたのだろうか?
あれだけの暴挙に出た俺に対して、怒るどころか逆に励まし、さらに見届けるといって立ち去っていくとか……どれだけ器がでかいんだよ。
おそらく、行商人も俺と同じ獣人ではなく人間と思われるが、ちょっと人間としてのレベルが違う。
だけど……それは今の話だ。
今は未熟な若輩者だけど、いつか俺もかっこいいと思われる人間に成長してみせる。
そんなことを思いながら俺は、商品を物色しているシドたちの下へと急いだ。
「え~、そんなぁ……」
俺がシドたちの下へと行くと、ミーファの可愛らしい悲鳴が聞こえた。
「何だ……何があったんだ?」
俺が声をかけると、泣きそうな顔のミーファが振り返って俺に向かって突撃してくる。
「うわああああん、おにーちゃあああああぁぁぁぁん!」
「おっと」
ミーファの激しい体当たりをどうにか受け止めながら、彼女に向かって問いかける。
「どうしたんだミーファ。何があったんだ?」
「あのね……あのね。おねーちゃんがおにくかっちゃダメっていうの」
「えっ?」
泣きじゃくるミーファを慰めながら、俺は困った顔で腕を組んでいるシドへと尋ねる。
「シド、どうして?」
「どうしてもこうもない。今回、必要な物を買ったら、予算がなくなるから仕方なくミーファに諦めてもらうだけだ」
「はぁ……なるほど」
あれだけミーファが欲しがっていた肉の購入を見送らなければならないとは、一体何を買うのだろうか?
残された商品を眺めながら、俺はシドに何を買うのかを尋ねる。
「それで、一体何を買うつもりだったんだ?」
「ああ、下着だよ」
「なるほど……」
そうか、下着……か。
何ともリアクションが取りづらい回答が来てしまった。
行商人の持って来た商品の衣類の中には、男性、女性用の下着があり、特に女性用の下着は一番安いものでもそれなりの価格のようだった。
なるほど、確かに三姉妹分の下着を買い揃えようとしたら、他には何も買えなくなってしまう。
だからといって、家長であるシドに逆らうことはできそうにはないので、今日のところはミーファに折れてもらうとしよう。
となれば、俺のやるべきことはシドの買い物を邪魔しないことだろう。
「じゃあ、ミーファ。次は絶対に肉を買ってもらうようにするから、今日はお兄ちゃんと一緒に向こうに行っていような」
そう思ってミーファを抱き上げようとするが、
「おい、コーイチ。何処に行こうっていうんだ?」
立ち去ろうとする俺の背に、シドから声がかかる。
「お前がいなくなると困るんだ。勝手にどっかへ行くな」
「えっ? で、でも……」
まさか、俺にシドたちの下着を選べということだろうか。
それはそれで嬉しいが……困るな。
そんなことを考えていると、
「何をしているんだ。早くこっちに来い」
シドが俺の手を取って、まさかの一言を告げる。
「お前がいないと、お前の下着が買えないだろうが」
「……えっ?」
買う下着って……俺の?
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