第197話 水辺の奥様たち
「次はこの先にある水路まで行きましょう」
居住区の建物を後にした俺は、ソラを先頭に歩きはじめる。
「水路といっても、目ぼしいものは何もないんですけどね」
カンテラをゆらゆらと揺らし、ソラは苦笑しながら続ける。
「ですが、そこに行けばこの時間だとお洗濯するおば様たちと会えるはずですよ」
「なるほど、じゃあ先ずはそこへ行って挨拶だけでもしようか」
まあ、最初に集落に住む奥様方たちに挨拶しておくのは悪いことではないだろう。
古今東西、集落を仕切っているのは長老とか一部のお偉いさんより、彼等の妻子だったりするからな
ただ、そういった女性は押しが強いイメージがあるので、玩具にされないといいな。
そんなことを密かに思いながら、獣人の女性たちがいるという水路へと向かった。
かくして、俺の予想は見事に的中することになる。
「あら~、あんたが噂のシドちゃんが連れてきた男かい?」
「おやおや、中々精悍な顔つきじゃないか」
「驚いた。本当に人間だよ。しかも、異世界から来た自由騎士様だって話じゃないか」
「強そうには見えないけどね……本当に騎士様なんかい?」
水路は事前に聞いていた通りこれといって何もなかったが、多くの奥様方が横一列に並び、大量の洗濯物を洗いながら賑やかに談笑していた。
全員が獣の耳と尻尾を持つ獣人で、犬や猫、鳥や兎といったわかりやすい種族から、一見しただけでは何の種族かわからない獣人まで、思ったより多くの女性がいて少し気後れしたが、思い切って話しかけてみたのだ。
すると、
「自由騎士様の来た異世界ってどんなところなんだい?」
「向こうの世界には獣人はいないって本当なのかい?」
「そうそう、ところで……」
「そういや……」
奥様方は洗濯物を放り出し、突如として現れた異邦人である俺から少しでも情報を引き出そうと根掘り葉掘り質問してきたのだ。
ちなみに、ここまで案内してくれたソラとミーファの二人は、奥様方の迫力にすっかり呑まれてしまったようで、唖然とした様子で俺のことを遠巻きに見ていた。
試しに目線でソラに助けて欲しい旨を伝えてみたが、ミーファが巻き込まれないように押さえていた彼女は、苦笑しながら小さくかぶりを振るだけだった。
命までは取られないのだから、おとなしく奥様方の餌食となれということだろう。
そんな誰からの助けも期待できない状況で、俺という格好の玩具を見つけた奥様方は、矢継ぎ早に質問を繰り出してくる。
「あんた、名前は?」
「こ、浩一です」
「へぇ、コーイチね。これからよろしくね」
「ところでコーイチ。あんた年齢はいくつ何だい?」
「えっ? あ、あの……二十四です」
「ほうほう、ってことは働き盛りのいい男ってことだ」
「どれどれ……あんた、ひ弱だと思ったら、なかなかにいいお尻をもってるじゃないか」
「あ、あの……お尻を触るのはちょっと……」
「いいじゃないか。減るもんじゃあるまいし」
いくら手を払いのけても、猫のような耳の奥様は俺の体をベタベタ触り続ける。
猫の奥様に困っていると、今度はおそらく熊だと思われる丸い耳の奥様が俺の腕を取りながら質問してくる。
「じゃあさ、コーイチには恋人はいるのかい?」
「何言ってんだい。そりゃ、コーイチにはシドちゃんっていう立派な彼女がいるじゃないか」
「あっ、いえ……その、俺とシドは付き合っていないですよ?」
「じゃあ、ソラちゃんのいい人なのかい? それともまさか、ミーファちゃんとか?」
「そ、それも違います。っていうか、ミーファとは流石に付き合わないです」
「じゃあ、誰か特定の人とは付き合っていないのかい?」
「は、はい……いないです」
「へぇ…………」
俺に恋人がいないと聞いた途端、奥様方の目が怪しく光る。
すると、さっきまで俺の体をベタベタ触っていた猫の耳をした奥様が猫なで声で話しかけてくる。
「そうそう、恋人を探しているのならピッタリの子がいるよ」
「えっ?」
「ほら、調度こっちに向かって歩いてくるのがウチの子なんだけどね。レンリって言うんだけど、どうだい?」
そう言って指差す先には、大量の洗濯物が入った籠を持った人影が見えた。
顔はよく見えないが、シルエットでは猫の耳にゆらゆらと揺れる長い尻尾が見えるから俺に話しかけてきた女性と同じ種族、おそらく親子の関係であると思われた。
だが、いきなりそんな話を振られても「はい、いいですよ」とは応えられない。
「い、いや、俺は……」
「まあ、いいから。ちょっと話だけでもしてみてよ。レンリ~! ちょっとこっちにおいで!」
「もう、ママ! 恥ずかしいから大声で呼ばないで!」
やはりこの奥様とは親子の関係なのか、呼ばれた影は尻尾を立てて怒りを露わにする。
ん? そういやレンリって名前、何処かで聞いたような……
記憶の糸を辿りながら、果たして何処で聞いた名前だったかを思い出そうとしていると、件のレンリと呼ばれた女性が俺の前までやって来る。
「…………あ」
目の前でやって来た女性の姿を見て、俺はレンリという女性を何処で見たかを思い出す。
豪奢で露出の多いドレスから、地味で飾り気のないシャツに継ぎ接ぎのロングスカートという出で立ちに変わっているが、鋭い目つきに冷たい印象を受ける顔には見覚えがあった。
この子は雄二に連れられて行った違法風俗店で、一番人気として君臨していたプレイ中に全く雰囲気が変わるツンデレだという女の子だった。
「あ…………」
すると、向こうも俺の存在に気が付いたのか、
「ちょ、ちょっとこっち来て!」
「あっ!?」
「コーイチを何処に連れて行くつもりだい?」
女性はいきなり俺の手を取ると、奥様方の制止を振り切って駆け出した。
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