第198話 生存者は語る

 奥様方から俺を連れ出した猫耳の女性、レンリさんは、水路の近くにある水車小屋を俺まで強引に連れて来ると、俺を壁に押し付けて、ドン、壁に自分の手を突いて迫って来る。


「あんたにこれだけは言っておくわ」

「は、はい……何でしょう」


 まさか異世界に来て壁ドンをされるとは思わなかったが、俺としてもレンリさんに聞いてみたいことがあった。

 だが、先ずは彼女の話を聞いてみよう。

 そう思った俺は、ふるふると震えているレンリさん次の言葉を待つ。


 そのまま待つこと数秒、レンリさんは大きく息を吸うと、


「言っておくけど、あれ……演技だから?」

「……へっ?」


 思いもよらない一言を告げてくる。

 一体何のことかわからず頭に疑問符を浮かべていると、レンリさんは恥ずかしそうにモジモジしながら何が演技かを話す。


「あの店でのこと……聞いてるんでしょ? 私がどうしてあの店で一番になっているのかを」

「ああ、プレイ中に性格が変わるってあれ?」

「ああ、もう言わないでよ!」


 レンリさんは瞬間湯沸かし器のように赤くなった顔で、俺の口を両手で塞いでくる。


「いい? 私があの店で働いているのはママたちには内緒なの。だから、その辺の話をママたちの前でするのは禁止、いいわね?」

「…………」


 口を塞がれているので喋れないので、俺はコクコクと頷くことで了承する。


「絶対だからね?」


 言いたいことを言ったレンリさんは、大きく息を吐きながら俺を解放する。


 そんなレンリさんを見ながら、俺は彼女の態度に違和感を覚える。

 もしかしてレンリさんは、昨日の夜に何が起きたのかを知らないのだろうか?


「あ、あの……レンリさん。昨日の夜のこと知らないんですか?」

「……何よ、昨日のことって。ガサ入れがあったのは知ってるわよ」

「あっ、それは知っているんですね」

「まあね……久しぶりにあの通路を使うことになったからね」

「あの通路?」

「ああ、あんたは知らないんだ」


 レンリさんは猫の耳をピコピコと動かし、首元に手を当てながら話す。


「あの店の構造……特に一階は変だったでしょ?」

「ええ、何だかグルグルと歩きまわされる構造になっていましたね」

「そうね、あれは外から入って来る人間が二階に行くための時間稼ぎをする目的もあるけど、私たちお店の女の子が逃げるためでもあるの」


 レンリさんによると、あの店には万が一の時、女の子だけでも無事に逃がすための秘密の脱出路があるのだという。

 あのグルグルと回る空間の中に、その為の通路が別にあり、異常があったといち早く報告を聞いたレンリさんは、いの一番にあの店から脱出したという。


 そう言われて見れば、確かに一階は長い通路と二階へと上がる階段しかないのに、無駄に広いと思ったが、まさか通路と通路の間に別の通路があるとは思わなかった。

 その通路は直接地下通路へと繋がっており、殆どの女の子はそこから逃げることができたはずだという。

 ただし、男性がその通路を使うことは許されないということなので、あの店にいた男性たちは、殆どが自警団に捕まったはずだということだった。


 どうやらレンリさん以外にも助かった女の子がいると知り、俺は小さく嘆息する。


「そうですか……じゃあ、ラビィさん以外の女の子は、無事の可能性が高いんですね」

「えっ、ラビィに何があったの? まさかあの子、死んだの?」

「……はい、そうみたいです」


 俺はレンリさんに、ラビィさんが雄二を庇って殺されてしまったことを告げる。




「そう、あの馬鹿……」


 俺から話を聞いたレンリさんは、渋面を浮かべながら唇を噛みしめる。


「あの子……最近、未来のダーリンができたって本気で喜んでいたけど、まさかその男を庇って死んじゃうなんて……しかも、庇った男も処刑されちゃったんじゃ、まるっきり無駄死にじゃない。本当に馬鹿……馬鹿じゃないの」

「レンリさん……」


 いくら何でもその言い草はないんじゃないか。そう思う俺だったが、その寸前で言葉を飲み込む。


 口では汚くラビィさんのことを罵りながらも、レンリさんの目には光るものがあった。


 二人の仲がどうだったかはわからないが、見知った者が亡くなって悲しくないはずがないのだ。

 唇を噛みしめ、必死に涙を堪えていたレンリさんは、顔を上げると、切羽詰まった様子で俺に話しかけてくる。


「……ねえ、どうしよう。あの子、病気のお母さんがいて、その治療費を稼ぐためにあの仕事をしていたのに……」

「そ、そうなんですか?」

「そうよ。あんた、そんなことも知らなかったの?」


 そう言われても、ラビィさんと出会ったのは先日が初めてだったのだから、彼女の詳しい事情なんて知るはずがない。

 だが、そんな俺の事情など聞いてくれるはずもなく、レンリさんは焦燥感を露わにしながらブツブツとひとりごちる。


「これから誰がラビィのお母さんの面倒をみるのよ……」

「そんなの決まっているじゃないですか」


 すると、レンリさんの疑問に、思わぬところから声が届く。

 声のした方に目を向けると、ミーファと手を繋いだソラがすぐ傍まで来ていた。

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