第178話 魂の咆哮

「お願いだ、泰三……俺をこれ以上、苦しませないでくれ」

「で、ですが……」


 苦しむ雄二の訴えにも、泰三は槍を握り締めたまま目をあちこち彷徨わせるだけで、動く気配はない。


 すると、


「クッ……おい、そこの処刑人! 早くその目障りな男を殺してしまえ!」

「そうです。タイゾー何をしているのですが!?」


 まだウォークライの効果が切れないエスクロとブレイブから、泰三へ急かすように声がかかる。


「ほら、早くしないとお前の立場が益々ヤバくなるぞ」

「わ、わかってます」


 そう言いながらも、泰三はまだ人を殺せるほど、自分を修羅にまで追い込めない様だった。


(………………やれやれ、本当に甘ちゃんだな)


 泰三が動かないのは、自分を殺すという罪悪感より、殺す相手の身を案じて動けないのだとわかってしまった雄二は、小さく嘆息しながらも親友のために一肌脱ぐことにする。


(といってもな……)


 ここで情けをかけるような行動を取れば、ブレイブはともかくエスクロに泰三と雄二が懇意な間柄であることが知られてしまい、後に彼に面倒をかけるかもしれない。


 そう考えた雄二は、胸を押さえながら苦しそうに声を絞り出す。


「た、泰三……俺、もう限界だ」

「えっ?」

「限界だって言ったんだ。あそこにいる奴等を見ていたら、俺に残された力を使って死ぬ前に呪ってやりたくなってきた」

「の、呪う……ですって!?」

「ああ、俺の力はもう見ただろう? これから使う力は動けなくなるだけじゃない。死ぬわけじゃないけど、今の俺と同じ苦しみをここにいる全員に与えてやるものだ」

「ええっ!?」


 当然ながらそんな力など雄二は持っていないのだが、雄二が持つ力のことをすっかり忘れている泰三は、その嘘に気付くことはない。

 そんな虚言を聞かされても、まだ動くことができない泰三を尻目に、雄二は再び大声を上げる。


「今からお前等に、俺が呪いをかけてやるから覚悟しろおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!」

「な、何だって!?」

「う、動けないのに、まだ何かあるって言うのか?」

「いや、止めて!」


 雄二の叫びに、集まった群衆から次々と悲鳴が上がる。

 これまでも謎の力で意に反して体の自由を奪われてきたのに、さらにそこへ未知の力を加えられるというのだ。それがどんなものであれ、安全から一転して被害者になるかもしれないとわかった群衆たちの恐怖は計り知れない。


「み、皆の者、落ち着くのだ!」

「そうです。この男にそんな力はない。ハッタリです!」


 一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と化した場を収めようと、エスクロとブレイブが大声を張り上げるが、確証のない言葉なだけに説得力に欠け、到底混乱が納まる様子はない。


 そんな中、雄二は呆然と立ち尽くす泰三に向かって話しかける。


「泰三、これでお前の退路は断ってやったぞ」

「あなた、まさか……」


 そこでようやく真意に気付いた様子の泰三に、雄二はニヤリと笑ってみせる。


「どうせこの先、遅かれ早かれお前は人殺しを経験することになる。だったら、最初は後腐れないように俺を救ってくれ」

「救う……」

「そうだ。俺が今から最後の力を振り絞って叫ぶから、それに合わせてお前はその槍で止めを刺してくれ……できれば、痛くしないでくれると助かる」


 一方的にそうとだけ告げた雄二は、泰三の答えを聞かずに前へと向く。


(……信じてるぜ。親友)


 雄二は心の中で泰三にエールを送ると、思いっきり息を吸って最後の大一番へと打って出る。



「いいか、行くぞクソ野郎どもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「ま、待って!」


 泰三が慌てて止めようとするが、雄二は最早止まらない。


「俺はなああああああああああああああああ…………」


 ここで止まれば、それこそ命の灯が消えてしまうから……。


「心の底からああああああああああああああああああ」

「――っ!?」


 雄二の決意が揺るぎないものであると感じた泰三は、


「う、うう、うわあああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁ!!」


 自分を鼓舞するように叫びながら槍を振り上げる。


(全く……最後まで手間のかかる奴だぜ)


 泰三の動く気配を背中で感じながら、雄二は心の中でほくそ笑みながら、心の丈をぶちまける。


「ラビィちゃんが……」


(それと浩一と泰三、二人の親友が……)


「だぁいすきだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ…………」


 すぐ背後にまで迫る槍の気配を感じながら、雄二は気にすることなく叫び続けた。


(……あばよ。親友)


 そのすぐ後、騒がしかった処刑場が水を打ったように静まりかえった。

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