第177話 最後の選択

(そして辿り着いた場所が、まさかゲームセンターだとは思わなかったな)


 自分の思いを叫びながら、雄二は浩一たちとの出会いを思い出して苦笑する。


 あの日、ホテルを抜け出して浩一が雄二を連れて行ったのは、街のゲームセンターだった。

 ゲームセンターなんて何処にでもあるじゃないか。そう思う雄二だったが、どうやらその店は、旧作から新作までありとあらゆるジャンルのゲームを網羅する全国的に有名なゲームセンターなようで、浩一たちは店に入るなり目をキラキラさせていた。


 そこで雄二は、浩一と泰三の二人が一緒のチームとなって戦い、勝って喜び、負けて悔しがる姿を見て不思議な気持ちを覚えていた。


 そこには浩一だけじゃない……仕事帰りと思われるサラリーマンや、大学生、ガテン系で働いているような筋骨隆々の偉丈夫や、研究職に就いていそうな細身の者まで、老いも若いも、力の有無も頭の良い悪いも関係ない。ありとあらゆる人たちが同じフィールドで争い、その結果に一喜一憂していた。


 ゲームセンターで遊ぶ奴なんてくだらないと思っていたが、いい大人たちが感情を剥き出しにしてゲームに向かっている姿を見て、雄二は氷にように固まっていた心が揺れ動いていることに気付いた。

 そんな雄二の機微を察したのか、浩一たちは雄二にお勧めのゲームをいくつか紹介してくれた。


 その後、雄二は浩一たちの勧めるいくつかのゲームをプレイした。

 最少は当然ながら上手くいかなかったが、浩一の励ましと、泰三の的確なアドバイスで確実に上手くなっていき、無表情だった雄二の顔に徐々に感情が出るようになる。

 最後、三人で協力してゲームをクリアーした時には、思わず二人とハイタッチを交わすほどゲームに熱中していた。


 ただ、余りにはしゃぎ過ぎたのか、店員に身分証明書の提示を求められ、浩一たちが十八時以降は退店しなければならない高校生であることがバレてしまい、強制退店を命じられてしまうのであった。


 だが、店を追い出されても雄二たちの興奮は冷めることなく続いていた。

 それは興奮の余り、思わず普通にホテルの正面玄関から中に入り、速攻で教師に抜け出したのがバレて三人揃って正座&始末書の提出という憂き目に遭っても、雄二はあの時の高揚感を一生忘れられないと思った。




 それからゲームにどっぷり嵌るようになった雄二は、家庭の事情を知っても変わらず接してくれた浩一と泰三の二人ともよく遊ぶようになった。


(……本当、浩一には感謝しかないよ)


 あの時、浩一が誘ってくれなかったら、自分はまだ家庭を恨んで殻に閉じこもり続けていたと雄二は思う。

 

 そして、


「はぁ……はぁ……泰三……」


 雄二は振り返るともう一人の親友、泰三に向かって話しかける。


「お前……本当に俺のことを忘れちまったのか?」

「わ、忘れるも何も……僕はあなたとなんか会ったことありません!」

「そうか……悲しいな」


 雄二はゆっくりと顔を伏せると、静かに瞑目しながらどれほど時間を稼ぐことができたのかを考える。


(浩一の奴……無事に逃げられただろうか)


 それを確かめる術はないが、そろそろウォークライの効果も切れる頃だ。

 そうなれば全員の拘束が解け、自分は間もなく殺されてしまうだろう。


(だったら俺は……)


 残された時間は、もう一人の親友のために使おう。

 そう思った雄二は、他の人に聞こえないような小さな声で泰三に話しかける。


「なあ、泰三……」

「な、何ですか?」


 雄二の呼びかけに、真面目な泰三は律儀に応えてくれる。

 そんな泰三の反応に、雄二は苦笑しながら声のトーンを落として話しかける。


「お前、さっき逃げた浩一と同じように自由に動けるのに、どうして俺を殺さなかった?」

「……えっ?」


 その言葉に、泰三の顔が青くなるのを雄二は見逃さない。


「その事実がバレたらお前……どうなるかわかっているのか?」

「あ、あなたに心配されることじゃないでしょう」

「だろうな。だからさ……」


 雄二は涙に濡れた顔のまま泰三に向かって笑いかける。


「俺のこと……殺してくれないか?」

「なっ!? 正気ですか?」

「正気だよ。実を言うとな……さっきから体中が痛くて痛くて……本当は息をするのも苦しくてしょうがないんだ」


 それに、


「見ての通り、切り落とされた指も碌に治療されていないから死ぬほど辛いんだ。だから泰三、酷かもしれないがお前の手で俺を早く楽にさせてくれ」

「楽……に?」

「そうだ。お前は任務を全うできるし、俺は苦しみから解放される。互いに悪い話じゃないだろう?」


 どちらにしても死ぬのならば、せめて泰三が抱える罪悪感を少しでも軽くしてやりたい。

 それが、雄二が最後に選んだ選択だった。

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