第172話 処刑人

 群衆の「殺せ」コールが辺りを包み込み、会場のボルテージが最高潮になったのを確認したエスクロが、大声で人々へ呼びかける。


「さあ、そろそろ処刑を始めようか!」


 そう宣言すると、ステージの向こう側から人垣を割って誰かがこっちへやって来る。


「処刑人たちの入場だ。どうか拍手で迎えてやってくれ」


 エスクロの言葉に、人々からやって来る者たちに向けて暖かい拍手が送られる。


「今日の処刑人は、何と本日デビューの新人たちだ。もし、殺し損ねても笑わないでくれよ」


 そのブラックジョークに会場のあちこちから笑いが起こる。

 俺としては全く笑えないのだが、処刑人デビューの奴に殺されるなんて、今日の罪人たちにとっては果たして幸運なのか、はたまた不幸なのか……。

 全くわからないが、とりあえず俺は処刑人の顔を見てみることにする。


 処刑人は罪人と同じ六人、全員が全身をすっぽり隠すような灰色のマントを身に付けており、手には剣や槍、斧といったそれぞれの獲物を持っている。

 その中でズルズルと巨大な鎌を引き摺りながら歩く処刑人の姿は、古の死神の姿を彷彿とさせた。


 それにしても……処刑人か。


 人を殺すとなると、やはり相当のストレスになるだろうから、処刑を行うことを専門にしている人がいるということだろうか。

 生憎と白い仮面はつけておらず、横から処刑人たちの顔を見ることができる。

 今日がデビューというだけあって、全員が緊張した面持ちでいたが、


「…………えっ?」


 その中の一人、槍を持った処刑人の顔を見た俺の顔から血の気が引く。


「た、泰三……」


 震えながら歩く処刑人の中に、俺の親友の姿があった。



 ステージに上がり、一人の罪人の前に立った泰三は、明らかに他の処刑人より緊張した面持ちをしていた。

 忙しなく視線をあちこちに彷徨わせながら何度も深呼吸を繰り返す泰三を見て、こっちの方まで緊張してくる。


 そもそも、どうして泰三が処刑人として選ばれているのだ。

 虫を殺すことすら躊躇する優しい泰三に、いくらなんでも人を殺す役目を押し付けるなんてあんまりだろう。

 一体、どういう意図があってこんな人選をしたのか。


 ステージの上で口元を押さえ、今にも吐きそうになっている泰三を見て俺が密かに怒りを抱いていると、自警団の制服を着た一人が、横に並べた罪人たちの頭に被せた布袋を取っていく。


「――ヒッ!?」


 最初に布袋を外された男の顔を見て、俺は小さく悲鳴を上げる。


 その男は、恐らくあの店で俺と雄二に話しかけてきた眼帯の男だ。

 ここで恐らくと付くのは、拷問にでも遭ったのか、男の顔は顔の形が変わるほどあちこちが膨れ上がり、眼帯が付いていない右目も、腫れた瘤で殆ど何も見えていないように思えた。

 他の者も同じで、布袋が外される度に、中から元の顔を想像するが難しいほど壊された顔が露わになる。

 それを見て群衆たちは手を叩いて喜び、腹を抱えて笑っていた。


 …………一体、これの何処が面白いのだ。


 無抵抗な人間を一方的に弄り、辱めることのどこに笑う要素があるのだろうか。

 これがこの世界の常識で、俺が今まで培ってきた倫理観を当て嵌めるのが間違っているのも理解している。

 だが、それでもこんな卑劣な行為を見て笑うなんてどうかしている。


 ……こんな場所、一秒たりともいたくない。


 泰三に人殺しなんて真似はしてほしくないが、これは泰三が自警団という組織に所属している以上、いつかは乗り越えなければならない壁として立ちはだかるだろうから、この際そっちの問題は目を瞑ることにする。

 俺は笑い転げている隣の人を今すぐにでも殴りたい衝動をどうにか抑えながら、この場から立ち去るためにステージに背を向ける。


 その間にも、次々と罪人たちの布袋が外され、中から目を背けたくなるような傷を負った罪人たちの顔が晒される。

 そのすぐ後ろでは、処刑人たちが緊張した面持ちで手にした武器の調子を確かめていることから、おそらく彼等は自分の前に座る罪人を殺すのだろう。


 では、泰三が殺すのは一体誰だろうか。

 三人、四人目と布袋が外されていき、そしていよいよ泰三の前の罪人の布袋が外される。

 俺に助ける術がないのだから別に見る必要はないのだが、何となく立ち去る前に泰三が初めて殺すことになる人を見ておこうと思った。

 まさか、そんなはずはない。

 そんなことを思いながら、泰三の前に座る罪人のが顔が露わになったのを見て、


「――っ!?」


 俺は心臓が止まるかと思った。


「…………ゆ、雄二」


 泰三の前に座らされた罪人は、俺を違法風俗店に誘った男、雄二だった。

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