第173話 囚われの親友
「雄二! ちょ、ちょっとどいて! どいてくれ!」
変わり果てた雄二の姿に、立ち去ろうとしていた俺は慌てて踵を返すと、我を忘れて人混みを掻き分けて人混みの前へと進み出る。
どうにかして最前列までやって来た俺は、転びそうになりながら雄二へと駆け寄る。
「なあ、おい! お前、雄二なんだろ!?」
「……こ…………いち?」
俺の声に雄二は顔を上げると、唇の端を吊り上げてニヤリと笑う。
「よかった……お前は無事だったんだな」
「お前、こんな時に何言ってんだ!」
僅か半日ぶりに見る親友の顔は、他の罪人と同様にあちこちが腫れ、本人曰く自慢の通った鼻筋は、骨折してあらぬ方向にひん曲がってしまっていた。
一晩の間に何があったのかを語るまでもない。見るも無残な格好に変わってしまった親友の姿に、胸が締め付けられる思いから涙が出てくる。
しかも、悲劇はそれだけじゃない。
このままいけば、雄二は親友である泰三に殺されることになるのだ。
こんな悲劇を演じるために、俺たちはこの世界に来たわけじゃない。
俺は、ステージの上で呆然とこちらを見ている泰三に向かって叫ぶ。
「おい、泰三。お前、自分が殺そうとしている相手が誰だかわかっているのか!?」
「な、何ですか。あなたは……どうして僕の名前を知っているんですか」
予想はしていたが、泰三は俺のことを忘れてしまっているようだった。
だが、ここは絶対に引くわけにいかない一線だ。
「知ってるよ。お前の名前は坂上泰三。一か月前、日本からこのイクスパニアに俺と、そこの戸上雄二と一緒にやって来たんだよ」
「な、なんで……どうして僕のことを……」
知らないはずの人間に自分のことを次々と言い当てられ、泰三は自分の頭を押さえながら苦悶の表情を浮かべる。
「僕はあなたなんか知らないはずなのに……どうして……」
「た、泰三……」
これは、もしかして……、
失われたはずの記憶が、俺が語る過去話で揺さぶられて目覚めようとしているのか?
脳科学なんてものに詳しいわけではないので確証なんてものは全くないが、俺は一縷の望みを信じて泰三に話しかける。
「思い出せ、泰三。俺とそこにいる雄二、そしてお前の三人、グラディエーター・レジェンズでチームを組んで戦った仲じゃないか!」
「僕が、あなたたちとグラディエーター・レジェンズでチームを組んでた?」
「そうだ。グラディエーター・レジェンズを覚えているなら知っているだろ。あのゲームは、三人で一つのチームだろ」
「……確かに、僕には二人の仲間が…………いた」
「それが俺とそこにいる雄二だ。レンジャーの俺が索敵した敵を、ナイトの雄二が壁となり、その隙をランサーのお前が倒しまくったろ。思い出すんだ!」
「僕がランサー、レンジャーとナイトの仲間…………うっ!」
グラディエーター・レジェンズの話題を振ると、泰三は自分の頭を押さえて苦しそうに呻き出す。
これはおそらく、俺たちに残された唯一のチャンスだ。
ここで泰三の記憶を呼び覚ますことができれば、現状を打破できるかもしれない。
そう思った俺は、さらに三人の思い出を話すことを決める。
「いいか、泰三。お前は……」
だが、
「何をしている。早くその男を取り押さえるんだ」
「……はっ」
「た、ただちに!」
何者かの号令で自警団のの連中が一斉に集まって来て、俺に向かって手を伸ばしてくる。
「うぐっ……」
近付く自警団に対して俺は咄嗟に逃げようとしたが、数の多さにあっという間に地面にうつ伏せに組み伏せられる。
「は、放せ!」
もがきながら必死の抵抗を試みるが、二人がかりで取り押さえられては、どうにも動かすことはできない。
「やれやれ、頭のおかしい奴が現れたら速やかに捕縛しろといつも言っているだろう」
すると、人の神経を逆なでするようなムカつく声が聞こえる。
「いざという時に迅速に動けないとは、相変わらず愚図ばかりだな……」
「お前は……」
取り押さえられた姿勢のまま顔を上げると、唇の端を吊り上げ、こちらを嘲笑するように見降ろすブレイブと目が合う。
「まさか、そっちの方からノコノコと現れるとはな。これなら…………」
「えっ?」
思わぬ一言に目を見開くが、ブレイブは俺から興味を失くしたように部下たちに命令を出す。
「さあ、何をしているのです。とっととこの男のネームタグを確認しなさい」
「はっ」
「――っ!?」
ブレイブの一言に、俺は全身から一気に血の気が引くのを自覚する。
確かネームタグは、自分の意志で取り出さなければ、他人に勝手に抜き取られることはないはずだ。
だが、そんな俺の願いとは裏腹に、俺を取り押さえた自警団たちは、慣れた手つきで俺の右手の平を上へと向ける。
まさか……持ち主の意思に関係なく、ネームタグを取り出す方法があるのか?
もし、俺もネームタグが持っていないことが露見すれば、俺も雄二と一緒に並ばされてしまう。
すると、自警団の一人がギラリと鈍く光る小さなナイフを取り出す。
「ま、まさか……」
俺の右手の平から、ネームタグを抉り出すつもりなのか?
そんな方法でネームタグをどうこうできるのかわからないが、おそらく俺の知らない何かがあるのかもしれない。
だが、何をどうしようにも、俺の右手の平に既にネームタグがないという事実は変わらない。
やめろ……やめてくれ。
俺は声にならない声で必死に拘束から逃れようとするが、背中を盗られている状況ではどうすることもできない。
このまま成す術なく、俺がネームタグを持っていないことがバレるかと思ったが、
「俺の話を聞けええええええええええええええええええええええええええぇぇぇ!!」
突如として、辺り一帯に大音響が響き渡った。
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