第171話 代表代理
異様な雰囲気の中、罪人たちが次々とステージへと上げられる。
ステージの上で一列に並べられた罪人は全部で六人。全員が顔に布を被せられているので顔はわからないが、体形から男だと思われた。
昨日の風俗店に何人いたのかわからないが、ここにいるのが男だけということは、店の女性たちはあの場で殺されてしまったか……どうにか生き延びたか。
ただ、今日この場で処刑されないだけで、まだ何処かに監禁されている可能性もある。
そうだとしても、今の俺に囚われた人たちを助けるために動く勇気はなかった。
俺はこの異様な雰囲気にすっかり呑まれ、立っているのがやっとだからだ。
関係ないはずの人たちによる罪人たちへの憎悪が……無自覚の殺意がこんなにも怖いなんて思わなかった。
群衆に紛れている俺がこれだけの恐怖を覚えているのだ。ステージの上にいる罪人たちは、俺の比じゃない悪意に晒されて全員が恐怖で震えていた。
「ようこそ。グランドの善良なる民たちよ!」
するとそこへ、一際大きな声で群衆に向かって呼びかける声が聞こえる。
「見ろ! エスクロ様だ」
「今日の処刑の責任者、エスクロ様だ!」
エスクロ様……って誰だ?
初めて聞く名前に、俺は首を捻りながら今まさにステージに上がろうとする影を見やる。
エスクロ様と呼ばれたその者は、正にザ・貴族。という言葉が似合う男だった。
どんな用途があるかわからない首元のひだの付いた服に、肩の上でグルグルと巻かれたブロンド、そしてでっぷりと肥えただらしない体に、カイゼル髭といった絵に描いたような貴族だった。
「ありがとう……ありがとう。皆の期待に応えられて嬉しく思うよ」
ステージに上がったエスクロは、カイゼル髭をいじりながら手を上げて民衆たちからの声援に応える。
「我等が主のリムニ様は、どうやら処刑の醍醐味をわかっておられないようでな。たまにいは庶民へ息抜きを提供するというのも忘れないでいただきたいのだが……おっとこれは失言だったかな?」
思わずバツが悪そうに口を塞ぐエスクロだったが、
「そうだそうだ!」
「こっちはお上のために毎日頑張ってんだ。たまには愉しませてくれよ!」
「流石、エスクロ様は俺たちの味方だぜ!」
集まった群衆からエスクロを擁護する声が上がる。
「オホン、皆の衆……気持ちはわかるがほどほどにな」
エスクロは人差し指を立てて苦笑するが、別に民たちの無礼を咎めるようなことはしない。
「まあ、それは私からおいおいリムニ様にわかっていただくとして……せっかくこうして私が久しぶりの公開処刑を開いたのだ。どうか心ゆくまで愉しんでほしい」
そう言うと、集まった人たちから再び歓声が上がる。
どうやらあのエスクロという男が、リムニ様の留守を預かる立場のようだった。
しかし、それにしても……、
俺は熱狂する民衆に笑顔で応えるエスクロを見ながら、この処刑がリムニ様主導ではないからこそ開かれたものと知って安堵する。
あの小さな領主様が、こんな残酷で恐ろしい催しを自ら進んで行うとはとても思えないからだ。
それどころか、どうやらリムニ様がいる間は、処刑そのものが行われることがないようで、エスクロは今回、主の留守を狙ってこの催しを開いたようだった。
黒幕であるエスクロは、大袈裟に肩を竦めてみせながら今回の処刑について語り始める。
「本日、罪人として裁かれる者たちは、人間でありながら獣とまぐわう人としてあるまじき、汚らわしい行為に手を染めた者たちなのです!」
「な、何だって!?」
「それってつまり、獣人とやってたってことかよ」
「うわっ……マジかよ。最低だな」
罪状が告げられると、人々が口々に言いたいことを言い始める。
「獣人なんて裏切り者に媚びるなんて、処刑されてもしょうがないわな」
「そりゃそうだ。あいつ等も俺たちの裏切り者同然だからな」
「そうそう、あいつ等の所為でな……」
やはり獣人と付き合うことはこの街ではタブーなのか、誰もが処刑理由に納得いっているようだった。
どうしてここまで獣人を忌み嫌うのか。
理由を知らない俺からすれば、シドやミーファ、それに昨日の店で出会った女の子たちを憎むなんてできそうにない。
いや、例え知ったところでおそらく嫌うことはないだろう。
一を知って十を知った気になるのはよくあることだが、俺としてはできるだけ物事は色眼鏡で見ないようにしたいと思っている。
何故なら人間を裏切った事実があったとしてもそれは一部の獣人が対象であって、シドたちには何の関係もないはずだからだ。
獣人たちが苦しんでいるなら、そんな窮状を打開してあげたい。
そう思う俺だったが、その為にはこれだけの人たちの考えを改めさせなければならない。
「…………」
周りの雰囲気に自分の決意が揺らぎそうになるが、これだけは譲りたくなかった。
でも、自分の意見を言うのはこの場ではない。
折れそうになる心をどうにか鼓舞しながら、俺は状況を見守り続ける。
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