第170話 娯楽
危惧を抱いて必死に身を隠す俺だったが、その心配は杞憂だったのか、自警団たちは俺の方を見向きもせず、虚勢を張るかのように大股で歩いて俺の前を通り過ぎる。
何やら棒状の物を持った二人の自警団は、威圧するような態度でステージへと上がると、持って来た棒状のものをステージの中央へと立てる。
それは自警団の制服と同じ青と白を基調とし、中央にすぐ後ろの女神像と同じ女性を象った大きな旗だった。
旗を立てた自警団の一人は、集まった群衆へと一瞥くれると、大きな声で話し始める。
「これより昨日、我々が捕らえた罪人の処刑をはじめる!」
その宣言に、集まった群衆から一斉に歓声が上がる。
ヤバイ……まだ状況もよく掴めていないのに、いきなり処刑がはじまってしまう。
対する俺は、何の対策も立てられていないことに焦りを覚える。
かといって目立つ行動をしてしまうと、自警団に目を付けられてしまう。
もう、俺という存在をこの街で認識している人はいないかもしれないのだ。
そのことが露見すれば当然ながらネームタグの提出を求められるだろう。
それで俺もネームタグを持っていないことがわかれば、俺もこれから並べられる罪人の一人に連ねることになるだろう。
雄二は何としても助けたい。だけど、それ以上にまだ死にたくない。
死という絶対的な恐怖によって俺の足が竦み、その場で動けないでいると、
「おい、来たぞ!」
「――っ!?」
何処からか罪人の到着を告げる大きな声が聞こえ、俺は反射的に顔を上げる。
すると、この場にいる全員が同じ方向、ステージとは逆方向へと目を向けていた。
俺も周りに倣って後方へと目を向けと、パカパカと軽快な音を響かせながら二頭の馬がこちらにやって来るのが見えた。
二頭の馬は、黒い荷車を引いおり、その中に罪人と思われる人たちが押し込められている。
荷車に乗せられた人は全員が顔に布製の袋を被せられており、誰が誰だかわからないようになっていた。
「罪人共め、ざまあみやがれ!」
「処刑されるなんてどんな悪事を働いたんだ?」
「どうせろくでもない決まってる。死んで当然だ!」
ゆったりと進む馬車に乗った罪人たちに向けて、集まった人たちが容赦ない言葉を浴びせかける。
「俺たちの街を汚しやがって!」
「お前等には死がお似合いだ!」
「そうだ。殺せ!」
「殺せ!」
その波はあっという間に広がり、人々は次々と「殺せ」と言い始める。
……何だこれは。
熱狂的というより狂信的といった場の雰囲気に、俺は恐ろしくなって自信の体を抱く。
俺は、ここに何しに来たんだ。
捕らえられた雄二を助ける?
この状況をひっくり返せるようなチート能力などなく、そもそも武器を持てなければ何の役にも立たない俺が、この中からどうやって雄二を助け出すというのだ。
そんなこと考えるまでもない。
絶対に無理である。
これがゲームや漫画であれば、何かこれまで秘められたとんでもない力が発動したり、思いもよらない救世主が現れたり、何かしらの打開策が用意されているものだが、そんなものがあるはずもない。
それに考えてみれば、こうして連れて来られた罪人の中に雄二がいるとは限らないのだ。
雄二の能力、
そうだ。そうに違いない。
俺はこれが当然ながら自分を納得させるだけの空しい言い訳であることは、重々理解している。
だが、他に手立てもなければ妙案も思いつかない。
本当なら今すぐにこの場から立ち去りたいが、かといって今すぐ立ち去るのも怪しまれるので、俺は周囲から身を隠すように小さくなって人殺しのショーを見学することにした。
ゆっくりとした速度の馬車がステージの脇で止まると、どこからともなく自警団の連中が現れて荷車の上の罪人を連れ出す。
罪人たちは逃げられないようにと手枷を付けられ、さらには全員が一本のロープで繋がれて一人では逃げられないようになっていた。
「おらっ、とっとと歩け!」
互いの距離が近い所為で上手く歩けない罪人たちを、自警団の一人が手にした鞭を容赦なく振るって急かす。
「――っ!?」
鞭を振るわれた罪人は、痛みでのけ反るとそのままバランスを崩して倒れてしまう。
そんな罪人に、自警団はさらに容赦なく鞭で追い打ちをかける。
「何をしている! おらっ、早く立ち上がって歩くんだよ!」
「…………クッ」
倒れた者に対する余りにも酷い仕打ちに、俺は堪らず視線を逸らす。
「いいぞ、もっとやれ!」
「ハハッ、ざまぁねえな!」
だが、ここにいる者たちはそうは思っていないようで、弄られる罪人たちを見て喜び、自警団の連中へ拍手喝采を送っていた。
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