第145話 甘い餞別
「君は私のことを狂戦士か何かだとおもっているのか?」
「い、いえ、そういうわけでは……」
そう言われても、クラベリナさんの好戦的な性格を知っていたら、強敵が現れたと知ったら是が非でも戦いたいのでは? と思ってしまうのも無理はないのだ。
「全く……君は相変わらず馬鹿正直で失礼な男だな」
それが君のいいところでもあるんだがな。と、クラベリナさんは苦笑しながら話す。
「まあ、実際のところは真っ先に飛び出して行きたいという思いはあったさ。だが、君も知っての通り、私は主を守る剣であることを念頭に置いているのだよ」
「そういえば、そうでしたね」
クラベリナさんは、ノルン城で使えるべき主であるレド様を守れなかったことから、主を置いて遠出することをしないと硬く誓っているはずだ。
「えっ、じゃあ今回はどうして……」
「その理由は簡単だ。私が頑なに拒んだところ、だったら、自分も一緒に行動を共にすると言ったのだよ」
「ええっ!? そんな無茶苦茶な……」
「私もそう思うよ。ただ、それだけ我が主は民のことを思っているのだよ」
どうやらリムニ様の熱意に負けて、クラベリナさんは渋々ながら了承したようだ。
だが、そうなると一つ気になることがある。
「リムニ様も一緒に行くとなると、今から行くのはマズくないですか?」
これから街の外に行くとなると、当然ながら夜を迎えることになる。
どう見ても箱入り娘といった様子のリムニ様が、野宿などという事態に果たして耐えることができるのだろうか?
「確かにコーイチの言いたいことはわかる。だが、我々には時間がないのだ」
「それは……イビルバッドに攫われた人たちが関係しているのですか?」
「それもあるが、何よりの問題は奴が夜行性だということだ」
夜行性のイビルバッドは、当然ながら昼より夜の方が活動的である。しかも、奴の狩りの行動範囲なとてつもなく広く、一晩で移動する距離は、山を二つ三つ軽く超えるほどだという。
それはつまり、攫われた人たちを助けるためには、明日の朝から追いかけては絶対に間に合わないということだ。
「今回、目撃情報はあったが、連中の巣までは特定できていない。捜索には数日かかる可能性もあるから、コーイチはそれまでこの街を守ってくれ」
「守れって……俺は何にもできませんよ?」
「そうでもないさ。君は気付いていないかもしれないが、色んな人が君のことを気にかけているよ。勿論、この私もその一人だよ」
クラベリナさんは微笑を浮かべると、手を伸ばして俺の頬に手を当てて優しく撫でる。
「何故だろうな。君は戦う力はないと言うが、どうしてか期待してしまう私がいるよ」
「そ、そんな……買い被り過ぎですよ」
「そうかもな。だから私の戯言は記憶の片隅にでも置いておいてくれ」
「――っ!?」
「フフッ、これは君への餞別だ。ありがたく受け取っておくがいい」
そう言ってクラベリナさんは俺に向かってウインクすると、リムニ様が乗っていると思われる豪奢な馬車の方へと歩いていった。
「…………」
優雅に去っていくクラベリナさんの背中を見送りながら、俺はまだぬくもりが残っているような自分の頬に手を当てる。
……キスをされてしまった。
前に泰三の頬の傷にもキスしていたから、クラベリナさんにとっては特別なことではないのだろうが、実際に自分がされると彼女に対して特別な感情を抱いてしまいそうになる。
そう、いまこそあの言葉を言うべきかもしれない。
惚れてまうやろ、と。
クラベリナさんが馬車に合流すると、カラコロと音を立てて馬車が動きはじめる。
馬車の中からリムニ様が顔を出し、送り迎えに来てくれた人たちに手を振り始める。
すると、
「コーイチ、いってくるぞ!」
俺に気付いたリムニ様が馬車から身を乗り出して一際大きく手を振ってくれる。
そんなリムニ様に、俺もまた笑顔で手を振り返しながら、これから彼女に降りかかるであろう試練について考える。
これからイビルバッドに攫われた人たちを探す旅に出るリムニ様だが、おそらく彼女にとってかなり過酷な旅になるだろう。
その中でも特に克服しなければならないのは、外で眠る野宿だろう。
普段、家のベッドでしか眠ったことがない人にとって、何もない屋外で眠るというのは、かなり抵抗があるものだ。
ただでさえ外という普段と違う環境、いつもと違う空気、匂い。硬さの違う床に使いなれない枕、ちょっとした違和感がいくつも重なり、その全てが快適な睡眠を阻害していく。
しかも、睡眠を上手く取れないと、翌日以降の行動にも支障が出てしまう。
ただ、精も根も尽き果てるほど体力を消耗していれば、あらゆる違和感を振り払って眠れたりするのだが、リムニ様がその領域まで体力を使うのはそれなりの日数を要するだろう。
……まあ、これも立派な領主になるための貴重な経験と思って頑張ってもらおう。
それに、俺も人のことを心配している場合ではない。
「明日から……どうしよう」
安全が確保されるまで、街の外に出るのを控えるべきだろうか。
しかしそうなると、代わりに俺でも受けられるクエストを探さないといけないな。
この世界の文字が読めない俺にとっては、報酬に見合った自分にできる仕事を探すだけでも一苦労なので、これを機に文字の勉強をするのもいいかもしれない。
「…………ダメもとでソロにお願いしてみようかな?」
口は悪いが、面倒見のいいソロだったら、なんだかんだで教えてくれるかもしれない。
そんなことを考えながら、俺はまだ仄かに右頬に残る温もりに触れながら宿に戻っていった。
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