第146話 約束と誠意
「浩一君、大事な話があります」
その日の夕食の時、実力不足としてイビルバッド討伐に呼ばれなかった泰三が神妙な顔で話を切り出してきた。
「食事の最中に申し訳ないのですが、僕の話を聞いてもらえますか?」
「……何だよ。藪から棒に」
いつになく真剣な表情を浮かべている泰三に、俺は甘酸っぱいソースがかけられた鶏の唐揚げをフォークに突き刺しながら尋ねる。
「それが重い話なら、食後じゃダメなのか?」
「すみません。実はご飯を食べたらすぐに仕事に戻らないといけないので……後、重い話ではないので、その辺は大丈夫です」
「そうか……ってか、この後も仕事って大変だな」
「まあ、今は状況が状況ですから……」
「それもそうか……」
白昼堂々イビルバッドによって街の住民が攫われたというニュースは、グランドの街に暗い影を落とした。
聞いた話では、攫われた人たちは街の公園で子供と遊んでいた若い夫婦で、子供を庇って攫われてしまったという。
残された子供は自警団の方で預かっているということだが、両親が戻って来なかった場合、子供たちから笑顔が消えてしまうのは言うまでもないだろう。
「早く見つかるといいな」
「大丈夫ですよ。自警団の精鋭が出向いてますし、今回は団長も一緒です」
「そうだな」
正直なところ、リムニ様も一緒というのが気にかかるところだが、敢えてそのことを言及する必要はあるまい。
それに、クラベリナさんがいればどうにかしてもらえるのでは? と期待してしまうのは、きっと俺だけではあるまい。
きっと俺以上にクラベリナさんに期待している泰三は「それでですね……」と言って本題を切り出す。
「話というのは夜の生活についてです」
「夜の……生活?」
そう言われて、一瞬だけいやらしい想像をしてしまったが、泰三の言いたいことはそうではないだろう。
実際、泰三は自分が語った言葉の裏の意味を理解した様子はなく、小さく頷きながら話しを続ける。
「実は……暫く夜の外出を控えてもらいたいんです」
「は?」
「ですから、夜の外出を控えて下さいって言ったんです」
「いや、それはわかるけど……どうして?」
「そ、それは……」
俺からの問いに、泰三は視線を彷徨わせながら言い淀む。
特に変なことを聞いた覚えはないのだが、一体、どうしたのだろうか?
詳しい理由はわからないが、泰三が俺に不利益なことを言うとも思えない。
こうしてわざわざ貴重な時間を縫って忠告してくれるというのなら、ありがたく受け取るべきだろう。
「……わかったよ」
「えっ?」
「泰三に言われなくても、夜に外に出る理由なんかないからな。大方、イビルバッドまた現れるかもしれないから、自粛要請が出たとかそんなところだろ?」
「は、はい、そうです! そうなんです」
泰三は何度も頷くと、一気に捲し立てる。
「知っているかもしれませんが、イビルバッドは全部で三匹いたそうです。もしかしたらまだ一匹近くにいるかもしれないので、気を付けるようにということです、はい」
「そういやそうだったな……まあでも、出るなというならおとなしく従うさ」
「あ、ありがとうございます」
「気にするな。別に礼を言われるようなことでもないよ」
夜に宿でおとなしくしておくなんて、金に余裕のない俺からしたら当たり前の話だ。
俺への話が終わって一安心したのか、泰三は残った飯をペロリと平らげると「それでは失礼します」と言って足早に宿を退出していった。
イビルバッドを追っていったリムニ様率いる自警団の面々は、三日経っても戻ってくることはなかった。
噂ではイビルバッドの巣を見つけて、無事に攫われた夫婦を助け出すことができたということだが、実際に戻って来るまではその真偽は定かではない。
普通に考えれば追跡に二日かかったとすれば、戻ってくるのにも二日かかるのだから、今日か明日にも戻ってくると街の誰もが思っていた。
街の自治は一時的に街の議会を仕切る議長が担っていたが、頭が切り替わったぐらいでは一般市民の生活には何の支障もなく、俺も変わらない毎日を送っていた。
しかし、戦う術を持たない者が街の外へ出るのは危険だということで、薬草採取の仕事はおあずけとなっていた。
かといって代わりの仕事がそう簡単に見つかろうはずもなく、俺はこの二日間、ソロに頼み込んで宿でこの世界の文字を教わっていた。
「…………さて」
その日の夜、俺は机の上に積まれた本と向き合いながら腕を組む。
これらの本は、文字を学びたいという俺のために、ソロが自宅から持ってきてくれた絵本だった。
昼間の忙しい合間を縫って文字を教えてくれるだけじゃなく、夜に自習できるようにとわざわざ絵本を持ってきてくれるなんて、ソロさんマジでいい人過ぎる。
文字を完璧にマスターしたら、お礼にソロに何かプレゼントでも送ろう。
そんなことを思いながら、俺は可愛らしい男の子と女の子が並んだ本を手に取る。
室内に設えられた椅子に腰かけ、自作の辞書を片手に読み始めようとすると、部屋の入口からコンコン、という扉をノックする音が聞こえる。
「おい、浩一。起きているか?」
「……雄二?」
泰三との一件以来、今日まで音信不通となっていた雄二の突然の訪問に、俺は驚きながら絵本を置いて扉へと向かう。
扉を開けると、そこには酔っているのか、赤ら顔をした雄二がご機嫌そうに立っていた。
近くにいるだけでもわかる酒の臭気に、俺は思わず顔をしかめながらも、雄二に尋ねてきた理由を尋ねる。
「こんな時間にどうしたんだ?」
「おいおい、久しぶりに会った親友に随分な挨拶だな」
「久しぶりも何も、お前が姿を見せなかっただけだろう」
「ああ……そうだったな。悪い」
口ではそう言いながらも、雄二は全く悪びれもせず「ヒック」としゃっくりしながら俺の肩に手を伸ばしてくる。
「まあ、そんなわけで今日は浩一に詫びとして俺の誠意を見せようと思ったわけよ」
「詫び、それに誠意……だって?」
雄二からそんな言葉が出てきたことに俺は戸惑いを覚えるが、一体何をしようというのだろうか?
訝しむ俺に、雄二は得意気な表情を浮かべながら顎で階下を示す。
「そういうわけだ。ちょっと今から付き合えよ」
「今からって……外に行く気か?」
「当たり前だろ?」
雄二は口の端をニヤリと吊り上げてドヤ顔を決めながら言ってのける。
「夜は……これからだぜ」
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