第144話 理由付け

 途中で何度かアラウンドサーチを使い、何かしらの反応がある度に身を隠しながら進み、グランドの街に辿り着いて中に入る頃には空が茜色に染まっていた。


「……ふぅ」


 城門でネームタグを見せて街の中に入った俺は、一息吐くように息を吐く。


 後ろを見ると、城門にはかなりの人だかりができていた。

 今日の城門は、いきなりイビルバッドが現れたことが原因で、外から慌てて戻って来た人たちで溢れかえり、その確認作業のために物凄い混雑を生んでいるのだ。


 こういう時、ネームタグという便利な道具があってもこれだけ混雑するのであれば、見知った人間は顔パスで通しても良いのではないかと思ってしまう。


 そう思っているのは俺だけではないようで、並んでいる間にも何人か顔パスで中に入れてくれないかと兵士たちに詰め寄る場面を見た。

 だが、それで万が一ネームタグを持たない人間が街の中に侵入して、何か罪を犯すことがあれば、城門に務める者の責任問題になってしまうので、ルールを簡略化することは難しいのだろう。

 その度に高圧的な態度を取ることなく、低姿勢で謝罪する兵士たちを見て、俺は最前線に立たされる公務員の大変さんを改めて痛感し、あの職業に就くのは絶対にやめようと思った。



「おや、コーイチじゃないか」

「ひゃう!?」


 この世界での職業選択が一つ失ったなと思っていると、いきなり後ろから誰かに耳に息を吹きかけられ、俺は情けない声を上げる。

 驚いて飛び退くと、初めて見た時と同じ、ビキニアーマーに身を包んだクラベリナさんが不敵な笑みを浮かべてこっちを見ていた。


「ふむ、どうやら街の外から戻って来たといった様子だな、キチンと働いているようで何よりだ」

「あっ、どうも……それよりクラベリナさんのその格好」

「フフッ、どうだ。美しいだろう?」


 クラベリナさんは俺に見せつけるように、豊かな胸を下から持ち上げるように腕を組んでニヤリと笑う。

 その仕草に、俺は自然と胸の谷間に視線が吸い寄せられていきそうになるが、理性を総動員してクラベリナさんにここにいる理由を尋ねる。


「あ、あの……今から街の外に出るのですか?」

「そうだ。先程、街の住民が二人イビルバッドに攫われてな」

「ええ、俺も見ました」

「そうか、目撃情報が今は少しでも欲しいところだ。詳しい話を聞かせてもらえるか?」

「え、あっ、はい……」


 クラベリナさんの要請に俺は頷きながらも、思わず見たと言ってしまったことを後悔していた。

 イビルバッドを見た状況を証言するということは、ミーファといたことを言わずに証言する必要がある。

 他に目撃者がいたわけじゃないが、整合性が取れていない証言をしてしまうと怪しまれてしまうので、今のうちに頭の中で証言の内容を精査しておく必要があるだろう。


 だが、俺からイビルバッドの目撃情報を聞くということは、


「もしかして、イビルバッドの討伐に向かうのですか?」

「ああ、奴を倒せる人間は限られているからな」

「で、でも、それって普通は冒険者ギルドの仕事なのでは?」

「そうだな。だが、今回は状況が違う」


 クラベリナさんは人差し指でルージュの引かれた唇をなぞりながら、自警団が出ることになった理由を話す。


「当然ながら、冒険者ギルドからの選りすぐりの精鋭が討伐に向かっている。だが、それだけでなく我々が出張ることになった最大の理由は、街の住民が攫われたことだよ」

「住民に被害が出たから……」

「そうだ。最近、奴の目撃情報が相次いでいたのは知っていたが、夜行性だからと思って高を括っていたこっちの隙を突かれたというわけだ」


 自警団の仕事は、街の治安を守ることが主だが、その中には住民の安全の確保というのがある。

 今回、イビルバッドは街の中にいた人を二人攫っていった。

 この事件に対し、自警団は街の中の事件と同様に扱うこととして、イビルバッドの討伐に冒険者ギルドだけでなく、自警団も併せて出向くことにしたようだ。


「……全く、こんなくだらない理由をつけなければ我々が街の外まで助けにいけないのは、不便で仕方なくてかなわんよ」

「えっ!?」

「何だその、えっ!? というリアクションは……まさか私が外に行く理由をわざわざ作って出ていくと思っていたのか?」

「そ、それは……その、すみません」


 図星を刺され、俺は反射的に謝罪の言葉を口にする。

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