第143話 こうもりのおばけ
青空を引き裂くように飛んでいった三つの黒い影を見た俺は、もう次は飛んでこないよな? と確認しながら呟く。
「な、何だ。あれは……」
「あれは……こうもりのおばけ」
思わず漏れた言葉に、ミーファの言葉が重なる。
「そらをピューってとんでくるこわいまもの……おねーちゃんがみつけたら、にげなさいって……」
「そうか……じゃあ、あれがイビルバッド」
「……うん」
怯えたように俺の服を掴む手に力を込めるミーファを安心させるため、俺は彼女を抱く手に力を込める。
彼方へ消え去っていくイビルバッドの姿を見ると、名前を連想させる巨大な蝙蝠の翼が見えるが、全体的な造形は翼の生えた巨大な人型の化物というのが俺の印象だった。
さらに、胴から生えている足は体に対して不自然に細く、異様に長かった。だが、見た目は華奢なのに力はかなりあるようで、足の先には二つの人影がジタバタと暴れているのが見えた。
あいつに攫われた人たちは、これからどうなってしまうのだろうか。
「…………」
俺は一瞬、脳裏によぎった悲惨な光景を振り払うようにかぶりを振ると、この状況がかなり異常な光景であることに気付く。
聞いた話では、イビルバッドは蝙蝠の魔物というだけあって、夜行性の魔物のはずだ。
現在の時刻はまだ日暮れは疎か、夕方にも早い時間である。
午後の昼下がりという時刻に活動し、おそらくグランドの街中に入って人を攫ってきたとなると、これは一大事なのではないだろうか。
俺は腕の中で震えているミーファの目を見ると、静かな声で話しかける。
「ミーファ、ロキと一緒なら帰れるかい?」
「おにーちゃん?」
「悪いけど、今日はもう帰るんだ。お姉さんも、あの魔物を見たら逃げなさいって言われたんだろう?」
「……うん、でも、おにーちゃんは?」
「俺なら大丈夫だよ」
そう言いながらも、俺の内心では心臓が破裂しそうなほどバクバクしていた。
実際、アラウンドサーチがあったところであの化物に捕捉されてしまったら、俺の足では逃げるのは不可能だろう。
だが、そんなことをミーファに悟らせるわけにはいかないと、俺は強気に笑ってみせる。
「実はね、お兄ちゃんは逃げることだけは大の得意なんだ」
「ほんと?」
「本当だとも。心配しなくても真っ直ぐ家に帰るよ。だから、ミーファもな?」
「…………うん」
「いい子だ」
俺の腕の中で小さく頷くミーファの頭を優しく撫でると、俺は変わらず周囲を警戒してくれているロキに話しかける。
「というわけだロキ、お願いできるかい?」
「わふっ」
すると、すぐさま任せろという頼もしい鳴き声が返ってくる。
やることが決まれば、後は行動に移すだけだ。
俺がロキの背中にミーファを乗せてやると、彼女は俺の背中に手をまわしてギュッ、としがみついてくる。
「…………おにーちゃん、また、あえる?」
「ああ、勿論だ。でも、暫くは危ないからミーファも外に出てきちゃダメだぞ」
「うん」
「お姉さんの言うこと、ちゃんと守るんだぞ」
「ううっ……いやだけど、おにーちゃんがそういうなら」
「ハハハ、でも、どうしてそお姉さんの言うことを聞くのが嫌なんだい?」
「だっておねーちゃん、ミーファの嫌いなにがいおやさい食べなさいっていうんだもん」
「う~ん、それはな……」
子供の味覚というのは大人と比べてかなり敏感で、野菜独特の苦みをかなり感じるらしく、子供がピーマンを嫌いな理由は大体これだと言われている。
大人になると、ピーマンは苦みよりも甘味の方が強く感じ、特に赤や黄色のパプリカなんかはサラダとかで生で食べられるほど苦みは気にならなくなる。
だが、それをミーファに説いたところで到底理解してもらえるとは思えないので、俺は頭を捻りながら必死に言葉を紡ぐ。
「実は、お兄ちゃんも昔はあんまり野菜が好きじゃなかったんだ」
「……そうなの?」
「うん、でも野菜を食べないと大きくなれないから我慢して食べたんだ」
「がまん……」
「でもね、毎日野菜を食べていれば、嫌いな野菜も好きになっていくんだよ」
「…………ほんとに?」
「ああ、本当だよ。もし嘘だったら、針千本飲んでもいいよ」
「……おにーちゃんがそう言うのなら、ミーファ、がんばっておやさいたべる」
「うん、偉いぞ」
俺は抱き付いているミーファの髪を両手でわしゃわしゃと撫でると、名残惜しいと思いながら小さな体をゆっくりと放す。
「それじゃあ、今日はバイバイだ」
「うん、バイバイ」
ミーファが小さな手で振るのを見た俺は、ロキに顔を向けて頷く。
「わふっ」
ロキは任されたと小さく吠えると、ミーファを乗せて彼方へと風を切って駆けていった。
「さて……」
ミーファを見送った俺は、アラウンドサーチを使いながら帰り道を模索する。
幸いにもここから街までは走っていけば三十分もかからないので、必死になって走れば逃げられる可能性はかなり高いだろう。
この一か月に及ぶ生活で、俺の体力もそれなりについてきたのか、かなり長い距離を走ることができるようになったものだ。
「よし」
周囲に何の反応もないことを確認した俺は、最後に上空を見渡して怪しい影がないのを見ると、薬草の入った籠を手に藪の中から飛び出した。
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