第136話 短気は……

「…………」

「…………」

「…………」


 上から降り注いだ声に、俺たち三人は顔を見合わせて互いに黙る。

 口には出さずとも、俺たちは一様に同じ表情をしていた。


 嫌な予感がする、と。


「おや、聞こえなかったのですかね? それとも、下賤な輩には理解できない言葉でしたか?」

「…………にゃろう」

「おい、雄二」

「止めるな浩一、俺はやられっぱなしってのが一番許せないのを知っているだろ」


 無視を決め込めばいいのに、雄二は机をバン、と鳴らして立ち上がると声のした上層に向かって歩きはじめる。


「ゆ、雄二君、待って下さい」


 完全に頭にきている様子の雄二を見て、泰三も慌てて後に続く。


「…………はぁ」


 これから起きるであろうトラブルを予期して、俺は頭を抱えながら店の上層部を見やる。

 すると、そこには俺の予想通りの人物、自警団所属のブレイブがニヤニヤと下卑た笑みを浮かべてこちらを見ていた。


 上層に行ってしまった二人を放置して、一人で酒を飲み続けるわけにもいかないので、俺も仕方なしに上層へと向かう。

 この酒場は、別に上層と下層で値段が変わるとか、サービス内容に差が出るとかそういうことはないのだが、店のウエイトレスから一見さんは下層で飲むことをお勧めすると言われたので、下でおとなしく飲んでいたのであった。


 一体、上層ではどんな人間が飲んでいるのだろうか。

 一抹の不安を抱えながら上層に上がると、既に雄二たちがブレイブと睨み合っていた。

 だが、


「…………ん?」


 そこで俺は、何やら様子がおかしいことに気付く。

 てっきり二対一の構図ができあがっていると思ったのだが、何やら人数が多いような気がするのだ。

 まあ、ブレイブが一人で飲みに来ていることもないだろうから、奴の連れが後ろにいるのは何となくわかる。

 しかし、雄二の後ろにも応援するように何人かの人間がいるのが気になったのだ。

 何やら筋骨隆々のいかつい男たちに若干引きながらも、男たちの会話に耳を傾けてみる。


「おうおう、臆病者の自警団が俺たちにいちゃもん付けるとは良い度胸だな」

「はぁ? 誰が臆病者だ。後ろを顧みない単細胞共に文句を言われる筋合いはない」

「何だ。文句あんのか?」

「あるに決まっているだろうが。このろくでなし共が!」

「ああん?」

「おう?」


 ……………………なるほどね。

 繰り広げられるいかにもな罵詈雑言の言葉に、俺はおおよその状況を察し、どうしてウエイトレスが上で飲まない方が良いと言ったのかも理解する。

 つまり上層は、この街を代表する二つの組織、冒険者ギルドと自警団のメンバーが牛耳っているということだ。

 二つの組織はその活動理念の違いから仲が悪いのは知ってはいたが、それだけ仲が悪いのなら、同じ店で飲まなければいいのにと誰もが思うだろう。

 しかし、その話を彼等にしたところで、帰ってくる答えは決まっている。


 俺たちには知ったことではない。出ていくなら向こう側だ、だ。


 全く、どうしてどの世界でも組織というものに属している人間は、面子というものにこだわるのだろうか。

 会社に属してはいたが、上司の飲み会とか同期の親睦会とかにとんと縁がなかった俺としては、仲間意識とかそういうものがいまいち理解できない。

 果たして、冒険者ギルドと自警団の対立となっている状況に、俺が入っていっていいものかどうか悩ましいところだ。

 すると、


「おい、浩一。何そんなところでボーっと突っ立ってんだ」


 トラブルの中心地にいる雄二が、立ち尽くす俺に向かって怒鳴ってくる。


「今回の原因はお前なんだぞ!」

「えっ?」


 どういうことだ? どうして二つの組織の争いの原因が俺になるのだろうか。


「……鈍いな。どうしてわからないんだよ!」


 首を捻る俺に、雄二はブレイブを指差しながらその理由を話す。


「こいつは、この店にお前がいることが……戦わない者がいることが相応しくないって、お前を馬鹿にしてんだよ」

「そう……なのか?」


 確認するようにブレイブを見ると、奴は大袈裟に肩を竦めて唇の端を吊り上げる。


「事実だろう? 武器も持たない臆病者が、この高貴な店の敷居を跨ぐのは非常に不愉快だ。それは私だけの意見じゃない。そこにいる冒険者諸君も共有していると思ったが?」

「うっ……」

「そ、それは……」


 どうやらブレイブの言葉は事実のようで、雄二の背後にいた冒険者たちが気まずそうに視線を逸らす。

 そんな中、雄二が負けじと声を張る。


「で、でも、そんなローカルルール、この上だけだろう!」

「だが、その上に彼も上がって来ているじゃないか」

「それは、お前が挑発してくるからで……」

「そんなものは聞き流せばいい。それができない愚か者だから、こうして揉め事に発展している違うかい?」

「ぐぬ……ぐぬぬぬぬ…………」


 口の達者さではブレイブの方が一枚も二枚も上手のようで、雄二は顔を真っ赤にしてすんでのところで耐えているようだった。

 このままでは今すぐにでも両者入り乱れての殴り合いに発展しそうな雰囲気に、俺は慌てて雄二に話しかける。


「雄二、俺のことは気にしなくていいから……」

「何言ってんだ。ダチが馬鹿にされて黙っていられるほど、俺は人間ができていないんだよ!」


 そう言うと、雄二は右手の平からネームタグを実体化させると、俺に向かって放る。

 反射的に雄二のネームタグを受け取りながら、俺は雄二に向かって叫ぶ。


「おい、雄二。何をするつもりだ!?」

「決まっている」


 雄二は近くにあったショットグラスの酒を一気に煽ると、座った目でブレイブを睨みながら指を突き付ける。


「おい、今から俺と一対一の勝負をしろ!」

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