第135話 酒宴
「「「かんぱ~い!」」」
威勢のいい掛け声と共に、三つの木のジョッキがガシャン、と小気味のいい音を立てる。
「…………ぷはぁ、いや~、まさか浩一の奴から奢るから飯食いに行こうぜなんて誘いが来るなんて思わなかったぜ」
木のジョッキに注がれたビールを一気飲みした雄二は、周りをぐるりと睥睨しながらニヤリと笑う。
「しかも、こんな上等な店ときたもんだ」
そう……俺たちは今、いつもの根城にしている宿の一階にある酒場ではなく、値段は張るが、酒の種類が豊富にある少し高級な店に来ていた。
いつもの宿が西部劇に出てくるような酒場だとしたら、ここは恋人たちが愛を語らうに相応しい大人のバーといったところか。
といってもそれは見た目の雰囲気だけで、上層と下層に別れている店内を見渡すと、この店を利用している者の大半は雄二たちのような冒険者や、泰三と同じ格好をした自警団。そして、今日の労働を称え合うむさ苦しいオッサンたちという、屯っている中身はいつもの酒場と大差なかった。
それでも、いつもと違う店で食事をするだけでテンションが上がってしまうのは、俺だけではあるまい。
それはいつもより酒を飲むペースが速い雄二も同じようで、近くを通った店員にお勧めの酒を注文しながらつまみの川魚の燻製を豪快に齧る。
「それで、ドケチな浩一が今日はどういう風の吹きまわしだ?」
「そうですよ。いきなり臨時収入があったから、飲みに行くぞなんて浩一君……らしからぬ言葉でしたよ」
「お前等……俺を何だと思っているんだ」
親友たちの散々な評価に、俺は苦笑しながら銀貨の詰まった財布を見せる。
「実は今日、薬草採取の合間に見つけた物が凄い金額になったんだよ」
「……うわっ、凄い」
財布の中を覗き込んだ泰三は、目をまん丸に見開いて俺の顔を見る。
「い、一体、何を見つけたんですか?」
「イビルバッドって大きな蝙蝠の眼球だよ」
「イビルバッドですって!?」
魔物の正体を聞いた泰三は、興奮したように椅子を鳴らして立ち上がる。
「まさか、浩一君。イビルバッドを倒したんですか?」
「いやいや、そんなわけないだろう。言っただろ? 拾ったって」
「そ、そうですよね。いくら何でもソロではないですよね……でも、何処で?」
「ああ、それについては聞いて驚け。実はだな…………」
「実は…………」
固唾を飲んで見守る泰三に対し、俺がテーブルに肘を付いて、たっぷりを溜めを作っていると、
「……何をそんなに驚いているんだ?」
注文したワインをがぶ飲みしていた赤ら顔の雄二が呆れたように話す。
「別の驚くことはないだろう。こいつには今日、あのロキがついていたんだからな」
「えっ、ロキってあのクラベリナさんの……そうなのですか?」
「あ、ああ……まあね」
本当は散々引っ張ってから話してやろうと思っていたことを雄二に先にバラされ、俺は内心で舌打ちしながら種明かしをする。
「雄二の言う通り、今日はロキが仕事を手伝ってくれたんだよ。イビルバッドの眼球も、ロキが拾ってきてくれたんだよ」
「なんだ……そういうことですか」
泰三は大きく嘆息して席に着くと、残っていたビールを一気に飲み干すと、何処か羨むように俺を見る。
「ですが、ロキが仕事を手伝ってくれるなんてことあるんですね」
「そうなのか? そういや、ロキって普段は自警団の中で何をやっているんだ?」
「何って……言えばいいんですかね」
俺からの質問に、泰三は困ったように苦笑しながら、普段のロキについて話す。
自警団におけるロキの立ち位置は、クラベリナさんの補佐ということになっているらしい。
そもそもロキがどうやってクラベリナさんと知り合ったのか、自警団の中でも知っている者はおらず、普段のロキが何処で何をしているのかも殆どの者が知らないという。
だが、クラベリナさんが一声かければ何処からともなく現れることから、グランド街の中にいることは間違いないぐらいの認識だという。
「そんなわけでして、ロキの行動パターンを知っている人は誰もいないんです」
「なるほろ……」
泰三の説明に頷いた俺は、つまみを咀嚼しながらロキについて考えていた。
どうやらロキについては完全に自由、ということになっているようだ。
そもそもあの狼がクラベリナさん以外の人の言うことを聞くとは思えないし、命令する勇気を持つ者が現れるとも思えない。
ただ、人を襲うことはないということは誰もが承知しているようで、街の中でロキを見かけても特に怖がる人はいない。
この街に来て二日目の朝、橋の下でロキを見つけた時も、誰も怖がっている様子はなかった。
そういう意味でも、ロキは街の人々に受け入れられているのだろう。
しかし、種族は分からないがおそらく狼に属するロキが、何の問題もなく受け入れられているのに、獣人であるミーファが受け入れられないのは何故だろうか。
その辺の事情を誰かに聞いてみたい気もするが、ミーファの話を聞く限りでは、かなりデリケートな問題なようなので、藪をつついて蛇を出すような真似はしたくない。
こういう話を聞いてくれそうな人物となると誰がいるだろうか。
残ったビールを飲み干しながらそんなことを考えていると、
「おや、この店に相応しくない人物がいますね」
俺たちの頭上から何やら不快な声が降り注いできた。
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