第137話 喧嘩上等
「…………やれやれ」
いきなり喧嘩を吹っ掛けられたブレイブは、大袈裟に肩を竦めてみせながらかぶりを振る。
「そんなことをして、一体私に何のメリットがあるというのですか」
「うるせぇ! そんなことはどうでもいいんだよ。ただ俺は、大切な仲間が馬鹿にされて、はいそうですか、っておとなしく引き下がれねぇんだよ!」
「ハハッ、単細胞の極みみたいな阿呆な発言ですね」
今にも血管の数本は切れていそうな雰囲気の雄二を前にしても、ブレイブは涼しい顔を崩さずに鼻で笑ってみせる。
てっきり雄二の挑発には乗らないと思ったブレイブだが、どういうわけか右手の平を足したかと思うと、自分のネームタグを実体化させる。
「……でもまあ、たまには戯れに付き合ってあげるのもいいでしょう」
そう言うとブレイブは、ネームタグを取り巻きの一人に渡してファイティングポーズを取る。
「せっかく安い挑発に乗ってあげるんです。退屈させないで下さいよ」
「ハッ、上等!」
雄二は犬歯を剥き出しにして獰猛に笑うと、自分もファイティングポーズを取ってブレイブとの距離を詰める。
「――シッ!」
姿勢を低くして近付いた雄二は、息を吐きながら鋭いジャブを繰り出すが、
「……甘いですよ!」
ブレイブは防御するまでもないと、上体を反らすスウェーだけであっさりと避けてみせると、カウンターで雄二の顔にジャブを二発見舞う。
「うぐっ……」
殴られた雄二の鼻からは、早くも血が流れだすが、
「だが、まだまだぁ!」
雄二は何でもないと鼻血を乱暴に拭うと、さらに果敢にブレイブへと殴りかかった。
そこから先は、一方的な展開となった。
必死の形相で、時には泥臭くブレイブへと執拗に殴りかかる雄二だったが、実力ではブレイブの方が一枚も二枚も上手だった。
次々と繰り出される雄二の攻撃をブレイブは難なくかわし、時にはいなしながら確実にカウンターを決めていき、その度に雄二の顔から鮮血が舞った。
だが、それでも雄二が倒れずに何度も立ち向かっていけるのは、雄二がとてつもなく打たれ強い……ではなく、ブレイブが明らかに手を抜いているからだろう。
「雄二……」
もういい。そう言うのは簡単だが、俺にはその言葉を言うことができないでいた。
女性に話したら十中八九はくだらないと一蹴されるだろうが、男という生き物には決して簡単に譲ることができないものがあるのだ。
それはプライドだったり、誇りだったりと色々な呼ばれ方をするが、簡単に言えば舐められたままでは終われない、だ。
もし、俺が雄二と同じ立場であったなら、一矢も報いることができずに止められたら、止めたそいつを一生……とまではいかなくとも、暫くは意味もなく恨みはするだろう。
それは雄二の後ろについていた冒険者たちも同じようで、雄二が圧倒的に不利な状況にも拘わらず、誰も雄二の援護に回ろうとしない。
「……浩一君」
明らかに異常ともいえる雰囲気の中、荒事が苦手な泰三が不安そうな顔で俺に助けを求めて来る。
「これ以上は危険です。早く止めないと……」
「いや、止めるな」
だから俺は、不安そうに止めるかどうかを迷っている泰三に対し、首を横に振って否定する。
「これはもう、雄二の戦いだ。勝とうが負けようが、俺たちにはもう止められないよ」
「ですが……」
「気持ちは分かるが、ここは黙って見ていよう。きっと雄二なら、負ける前に奴に一泡ぐらい吹かせるだろうさ」
「……負けるのは必然なんですね」
「お前等、聞こえてるぞ!」
俺と泰三の会話に、雄二は目敏く聞きつけて文句を飛ばしてくる。
「ったく、どいつもこいつも……」
雄二は悪態を吐きながら、テーブルの上にあった丸いトレイを手に取る。
あいつ、まさか……、
雄二の意図に気付いた俺が声を上げようとするが、
「…………」
雄二は俺の目を見たままゆっくりとかぶりを振り、それ以上は言うなと厳命してくる。
どうやら雄二の奴……実力では勝てないとみて、ナイトのスキルであるリフレクトシールドを使ってブレイブに勝ちに行くつもりのようだ。
「……わかったよ」
決して褒められた作戦ではないが、俺は雄二の希望通り余計な口出ししないことにする。
確かに雄二が奴に一泡吹かせることができるとすれば、スキルを使う以外にはないと思われるからだ。
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