第97話 好人物?危険人物?

 出てきたのはこの孤児院の子供たちだろうか? まだ俺に気付いた様子のない子供たちは、無邪気な声を上げながらこっちへとやって来る。


「もう、それは私の髪留めだよ。返してよ!」

「ヘヘン、返して欲しかったらここまでおいで」


 一人は短髪のいかにもやんちゃそうな少年、そしてもう一人は髪の毛を中途半端に片方だけまとめた少女だった。

 どうやら少年に髪留めを一つ、盗られてしまったようで髪をちゃんと結い上げることができずに困っているようだった。

 そうして、じゃれ合うように追いかけっこをしている二人の子供は俺の前までやって来ると、


「あれ?」


 前を走っていた少年が俺に気付き、足を止める。


「…………誰?」


 一方、後ろから来た少女は、見慣れる俺を見てその顔に明らかに怯えた表情を浮かべ、警戒するように少年の背中に隠れる。

 すると少年は、少女を守るように手を掲げながら、俺に話しかけてくる。


「……兄ちゃん、ここに何か用?」

「ああ……えっと、この診療所に来るように言われたんだけど……勝手に入っていいのかどうかわからなくてさ」

「何だ。先生のところに来た患者か」


 俺が訪問理由を言うと、少年はあっさりと警戒を解いて俺を中に入るように手招きをする。


「調度今、他の患者いないからすぐ診てくれると思うから案内してあげるよ」

「あ、うん……」


 こうまで言われたら、もう逃げるわけにはいかない。


「ありがとう。案内をお願いできるかな」


 俺は素直に頷くと、勇気を振り絞って孤児院の中へと足を踏み入れた。




 孤児院の中は、外からの見た目と変わらず、あちこちに痛みが見える中々に酷い有様だった。

 木の廊下は歩く度にギシギシと不気味な音を立て、場所によっては激しくたわむので、その度に俺は慌ててその場から飛び退く。


「ハハッ、兄ちゃん。怯え過ぎだよ。心配しなくてもそう簡単には床は抜けないぜ」

「そ、そうなの?」

「そうだぜ。全く、兄ちゃんは大人なのに臆病なんだな」

「ハハハ……いや、面目ない」


 俺がおどけた様に後頭部をかくと、少年が「ハハハ」と豪快に笑い、一緒に着いてきた少女も口元に手を当てて「クスクス」と上品に笑う。


 よかった。どうやら少女の方も少しは警戒を解いてくれたようだ。


 笑う姿が可愛らしい少女の頭は、今は二つの髪留めによってちゃんとしたツインテールになっている。

 俺を案内するにあたって、キチンとした格好をしなければダメだという少女の要請に、少年が応えたからであった。

 これなら少しはこの子たちも話をしてくれるかもしれない。そう思った俺は、意気揚々と俺を導いてくれる少年に尋ねてみる。


「ねえ、ここの先生ってどんな人なの?」

「先生? それってマーシェン先生のこと?」

「そう……なのかな? ここでお医者さんをしている人のことだよ」

「それならマーシェン先生だね」


 少年は立ち止まって仁王立ちになると「フンス」と鼻息荒くして話し始める。


「マーシェン先生はね、何でも知っているし、何でもできるとっても凄い人なんだよ」

「ただ凄いだけじゃなく、とっても強いんだよね」


 少年の言葉に少女も後に続く。


「今はおじいちゃんだけど、若いころは凄い冒険者だったんだって」

「ギルドマスターやってるジェイドおじちゃんの師匠だったりするんだぜ」

「……それは凄い」


 俺が感嘆の声を上げると、二人の子供に誇らしげな笑みが浮かぶ。


「ヘヘッ、だろ? 強いだけじゃなく、お医者さんとしても凄腕なんだぜ」

「そうそう、みんなマーシェン先生のこと凄いって言うんだよね?」

「「ね~」」


 この子たちは、マーシェン先生という人物が余程好きなんだろう。自分たちが褒められたわけでもないのに、まるで自分たちの出来事のように喜んでいる。

 ジェイドさんを育てたという実績だけでなく、医者として人々の尊敬を受け、さらには孤児院の子供たちにも好かれている。

 話を聞く限りマーシェン先生はかなりの好人物のようだ。

 考えてみれば、あのエイラさんとテオさんの育ての親でもあるのだ。あれだけの素晴らしい人を育てられる人が悪い人のはずがない。

 何だか今から噂のマーシェン先生に会うのが楽しみなってきた。

 今回は患者としてマーシェン先生に会うことになるが、治療が終わっても彼から色んなことを師事してもらいたいと思った。


 だが、


「……でも、マーシェン先生。怒るとめちゃくちゃ怖いんだよな」

「ね? この前なんか、声だけでガラス割ってたよね?」

「そうそう、その怒られた人。怪我の治療に来たのにもっと重症になっちゃって……いい大人なのにめっちゃ泣いてたよな」


 何だか物騒な話が飛び出し、急に自分の足が重くなったような……気がした。

 今から帰っちゃダメかな? そう思いたいが、


「ほら、兄ちゃん。着いたよ」


 僅かに逡巡している間に、目的地に着いてしまったようだ。

 少年が廊下の先に見える古ぼけた引き戸を指差しながら笑顔で話す。


「あそこが診察室だから……それじゃあ兄ちゃん。先生によろしくな」

「診察料……踏み倒しちゃダメですからね?」


 俺をここまで案内してくれた子供たちはそう言うと、風のように颯爽と去って行った。

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