第96話 孤児院へ

「ふぅ……ごちそうさまでした」


 開けて五日目、朝から肉メインのボリューム満天の朝食を食べ終えた俺は、食後のお茶を飲みながら今日の予定について親友二人に問いかける。


「さて、今日から本格的にこの街で生きていくわけど……どうする? 早速、ギルドか自警団の見学にでも行くか?」

「それもいいけど、それより今日は買い物に行かないか?」


 食後のお茶を飲みながら、雄二が自分の考えを話す。


「この世界に来てからずっと同じ服を着ているだろ? 何度か洗ってるけど、替えがないのは正直キツイ」

「そうですね……買い物をしたいという雄二君の意見に賛成です」


 雄二の言葉に、泰三も同意しながら続く。


「後、歯ブラシとかタオルとかの生活必需品も欲しいですね。リムニ様からいただいたお金の価値を知るためにも、買い物にはいくべきです」

「そう……だな」


 二人の意見を聞いて、俺も尤もだと思う。

 意見は出なかったが、ハッキリ言ってこの世界に来てから一度も下着を変えられていないのが気になって仕方なかった。


「じゃあ、今日は必要なものを買いに行こうか。ついでに昨日見れなかった場所にも行ってみたいしな」

「だな」

「異議なしです」


 俺たち三人は頷き合うと、宿の隅で壁に寄りかかり、いつも通りだらけている様子のソロに話しかける。


「ねえ、ソロ。ちょっといい?」

「えっ、あーし今、忙しいんだけど?」


 明らかに暇そうにしていたはずなのに、忙しいと言い切るソロに苦笑しながらも、俺は彼女なら応えてくれるだろうと確信してそのまま質問する。


「俺たち、これから買い物に行くつもりなんだけど、お勧めの店とかある?」

「……コーイチ、あんた何だか図々しくなってきたね」


 ソロは呆れたように三白眼でこちらを睨んでくるが、


「…………服とか買うなら、織物のマーケットとかあるからそこ行ってみればいいんじゃない?」


 やはりというか、俺の問いにしっかりと応えてくるソロであった。



 ついでに他のお勧めの店をソロから教えてもらった俺たちは、揃って出かけようとするが、


「そうだ。コーイチ」


 出かけようとする俺に、ソロが話しかけてくる。


「あんたに筋肉おじから伝言を預かってるよ」

「筋肉……おじ?」

「ほら、あのギルドの偉いおっさん」

「ああ、ジェイドさんね」


 ソロによるジェイドさんの評価に苦笑しながらも、俺は彼女が受け取ったという伝言を聞くことにする。


「それで、ジェイドさんは何だって?」

「実はね……」


 そう言ってソロは、俺にジェイドさんから受けたという言伝を話してくれた。




「ここか…………」


 俺は手にした地図を見ながら目の前の建物、木造平屋の横に長い建物を見る。

 リムニ様がいた白亜の宮殿と比べるとかなり見劣りするその建物は、あちこちに修復した痕が見え、赤く塗られた屋根の一部が剥がれ落ち、中を隠すように巨大な布で覆われていた。

 建物だけでなく、石を積まれただけの簡素な垣根も、あちこちから飛び出した雑草によって痛みが進んでいるのか、風が吹く度に僅かに揺れて今にも崩れそうに見えた。

 垣根の脇には板に立て掛けられ、この建物が何の施設かを書いてあるのだが、生憎とこの世界の文字はまだ読めないので、何と書いてあるのかわからない。

 だが、ここが何かを聞かされている俺は、ここに書いてある文字が何と書いてあるかを予想することはできる。


 看板に書かれた文字の可能性は二つ。


 一つは診療所。

 そしてもう一つは、孤児院だ。


「…………ふぅ」


 孤児院。その言葉を思い出した俺は、大きく息を吐く。

 ソロが聞いたジェイドさんからの言伝は、左手の怪我の治療のためにこの診療所に行くようにというものだった。

 その指示に従い、貰った地図を頼りにここまで来た俺だったが、その隣には二人の親友の姿はない。

 この診療所も兼ねた孤児院は、大人による虐待によって連れて来られた子供もいるので、三人で訪れると怖がる子供もいるということで、俺一人で訪ねることになったのだった。


「言われたことはわかるけどさ……」


 だが、こちらもこの世界に来てまだ勝手がわからないという意味では、そこら辺の子供と同じ程度の常識しか持ち合わせていないので、一人にされると非常に心細い。

 さらにいえば、ここは俺たちを迎えに来てくれ、この街に帰ってくることが叶わなかった冒険者、エイラさんとテオさんが育った孤児院でもある。

 診療所の医師は、二人の育ての親でもあるそうで、俺は二人が亡くなって間もない育ての親と会わないといけないというまた別のプレッシャーもあるのであった。


 ハッキリ言って気が重い。


「はぁ……」


 中々建物の中に入る勇気を出すことができず、もう何度目になるかわからない溜息を吐いていると、


「ほ~ら、ここまでおいでよ!」

「ちょっと待ってよ~!」


 敷地の中から元気のいい声が聞こえ、二つの小さな影が飛び出してきた。

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