第95話 やっぱりいい人
ブレイブに案内された道順を思い出しながら歩き、どうにか完全に陽が沈む前に俺たちは城門近くの宿にまで戻ることができた。
宿の入口には、相変わらずやる気のない様子のソロが壁にもたれかかって立っていた。
「あっ、来た……」
俺たちの姿を発見したソロは、ゆっくりと腰を上げて俺たちの下へとやって来る。
「おかえり、遅かったじゃん」
「ただいま。もしかして俺たちの帰りを待ってくれていたの?」
「ハッ、んなわけないじゃん」
そろはやれやれ、と大袈裟にかぶりを振ってみせると、
「ん」
いきなり俺たちに向かって手を突き出してくる。
これは一体、どういう意味だろうか。
ソロの真意がわからないが、このまま放っておくのは悪い気がするので、俺はとりあえず彼女の手の上に自分の手を重ねる所謂、お手をする。
すると、途端にソロの顔が不機嫌なものに変わる。
「…………なにしてんの?」
「えっ、違うの?」
「ちげーし、領主様のとこに行ったのなら貰ったでしょ?」
「貰ったって…………ああっ!」
そこで俺は、ソロが何を言おうとしたのかようやく理解する。
俺は右手の平を上にすると、意識を集中してネームタグを実体化して、ソロの前へと突き出す。
「ソロが見たかったのはこれだろ?」
「そう、それ……そっちの二人も出して」
ソロが俺の後ろにいる雄二と泰三にもネームタグを出すように指示するので、二人も集中してネームタグを実体化させる。
三人分のネームタグを確認したソロは、安心したように「ほぅ」と息を吐く。
「やれやれ、ようやく宿内のアラートを付けられるよ」
ソロはそう言うと、宿の中に顔を覗かせて「てんちょ~、おけ」と声をかける。
その言葉を聞いて俺はネームタグの役割を思い出す。
ネームタグを持っていない者が施設内に入ると、アラートが盛大に鳴って衛兵が飛んでくるはずなのだ。
つまり、ネームタグを持っていない俺たちが宿に泊まるためには……、
「もしかしてだけど……昨日から宿の安全装置を切ってたの?」
「そう、実はあーし、ずっと貞操の危機だったわけ」
「そ、そうなんだ……」
大事そうに自分を抱いて身をくねらせるソロを見て、俺は思わず苦笑する。
やはり、俺たちを一晩止めるために、宿のセキュリティを一旦止めていたようだ。
夜寝ている時も、普段ならセキュリティがあるから安心して眠れるだろうが、それを切った状態で寝るとなると、いくら領主からの要請とはいえ宿の人たちにかなり負担を強いたかもしれなかった。
そんなこともおくびにも出さずに飄々と接客をしてくれたソロに、俺は感謝の意を伝える。
「ソロ……ありがとな」
「えっ、いきなり何? 意味わかんないだけど……」
「いいから、何となく言っておきたかったんだ」
「…………変なの」
いきなり礼を言われたことにソロは面食らったようだったが、悪い気はしていないようだ。
「…………まあ、いいや。とにかくコーイチ、ユージ、それからタイゾー、おかえり」
「「「ただいま」」」
ソロからのお出迎えの言葉に、俺たちの言葉が重なる。
一仕事……と言っていいかどうかは微妙だが、帰って来て「おかえり」と人から言われたのは本当に久しぶりだった。
そのまま四人一つになって宿の中に入ろうとしたところで、
「あっ、そうだ」
何かに気付いたソロが声を上げ、俺の顔を見る。
「ねえ、コーイチ。もう一度右手出して」
「えっ? ああ、こう?」
ソロに言われるがままに、俺が右手を彼女へ差し出すと、
「ほい」
ソロはいきなり俺のネームタグを引っ掴んで取ってみせ、呆れたように肩を竦める。
「コーイチ、ダメじゃん」
「えっ……何が?」
突然の事態に訳が分からず、俺が首を捻っていると、ソロは俺のネームタグをヒラヒラさせながら忠告する。
「今ここであーしがこれ持って宿の中に逃げたら、コーイチ、あんたもう宿に入れないよ?」
「あっ……」
そこで俺はようやく自分の失態に気付く。
ネームタグの取り扱いには十分留意しなければならないと理解したはずなのに、いきなりこの体たらくだ。
まるで頭から冷水をぶっかけられたかのように顔を青くさせる俺に、ソロは小さく嘆息しながら俺のネームタグをこちらに投げてよこす。
「わかった? これに懲りたらタグを見せろと言われても、そう簡単に渡しちゃダメだからな?」
「で、でも、どうすれば」
「こーすんの」
そう言って右手の平を広げたソロは、自分のネームタグを実体化させる。
そうして手の平から生えてくるように現れたネームタグは、全体の三分の二でが露出したところで止まる。
ネームタグを不完全に実体化させたソロは、唇の端を吊り上げながら得意気に話す。
「この状態だと他人からタグを奪えないの。ほら、試してみ?」
「わ、わかった……」
ソロに導かれるまま、俺は彼女の手の平のネームタグへと手を伸ばす。
だが、
「あ、あれ?」
ソロのネームタグを掴もうとした俺の手は、何も掴むことなく自分の指の感触だけが伝わって来る。
確かにそこに見えるのに掴めない。まるでホログラムのようだと思いながらも、俺は思ったことを口にする。
「これって、もしかしてまだ実体化されてない?」
「そ、タグの照会だけならこれで十分だから。次から誰かにタグを求められたら、こうしな」
「わかった。わざわざ教えてくれてありがとう。ソロってやっぱいい奴だよな」
俺が礼を言うと、ソロは恥ずかしそうに視線を逸らす。
「……いや、そういんじゃないから。ただ、いきなり誰かにタグを盗まれて、泣きつかれでもしたらめんどうなだけだから」
そう言ってそっぽを向くソロだったが、その顔は耳まで真っ赤になっており、それを見た俺は堪らず笑みを零す。
一見ぶっきらぼうに見えるソロだが、中身はかなり世話焼きのいい人だと改めて思った。
異世界生活四日目は、初めてこれといった大きな事件もなく、平穏無事に過ぎていった。
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