第91話 さらに脱ぎ出す者たち

 ヤバイ、何か不適切な質問をしてしまったのだろうか。全く動かなくなってしまったリムニ様を前に、俺はどうするべきかとあたふたと周囲の様子を伺っていると、


「ああ、コーイチ君。心配しなくていいよ」


 リムニ様の横に控えていたジェイドさんが俺に話しかけてくる。


「こうなったリムニ様には誰の声も届かないからね」

「も、もしかして俺が余計なことを聞いたからですか?」

「ハハッ、違うよ」


 ジェイドさんは呆れたように苦笑すると、肩を竦めながらその理由を話す。


「リムニ様は非常に真面目な性格でね。聞かれた質問には常に全力で応えようとするんだ。だけど、即答できない質問が来ちゃうと、ああやって固まってしまうんだ」

「ああ…………なるほど」


 ジェイドさんの説明に、俺は状況を理解したと深く頷く。

 どうやらリムニ様は、一つのことにのめり込んでしまうと周りが見えなくなる性格のようだ。

 そして、おそらく過去に何度も同じようなことがあったのだろう。周りの人たちは黙り込むリムニ様には目もくれず、一部の人たちは話は終わったとこの部屋から退出してしまう始末だ。


 だからと言って、この状況に慣れていない俺たちは、これからどうしたらいいのかもわからない。


「さて、金貨二十枚の価値、だったね」


 さっきの質問の答えを聞かずに勝手に出ていっていいものだろうかと迷っていると、フォーマルな服装が苦手なのか、襟元のネクタイを緩めながらジェイドさんが俺たちの前までやって来て説明してくれる。


「それぐらいとなると、この街で半年間真面目に働いた時の平均的な収入と言えばわかりやすいんじゃないかな?」

「あっ、それならわかりやすいです」


 真面目に働いて半年分だとしたら、どちらにしても安い金額ではないということがわかる。

 当然ながら無一文の俺たちがそんな金額を払えるはずがないので、これはますますネームタグの管理をしっかりしないといけなさそうだ。


 そんな態度が出ていたのだろう。無意識にネームタグが入っている右手を触る俺に、柔和な笑みを浮かべたジェイドさんが話しかけてくる。


「この街独自のルールとはいえ、ネームタグの管理、やっぱ怖いよな?」

「ええ、無くさないように気を付けないといけませんね」

「そうだろう。そうだろう」


 俺の言葉に、ジェイドさんは何度も深く頷く。しかし次の瞬間、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると、思いも寄らない話を聞かせてくれる。


「無くすと大変なことになるネームタグだけど、再発行の代金を肩代わりしてくれる手があるって言ったらどうする?」

「えっ、そんなことあるんですか!?」

「ああ、あるんだよ。それはね……」


 そう言うと、ジェイドさんは何故か上着を脱いでネクタイを外し、ついでにボタンを全て外して胸元を露出させると、親指で自分を指差す。


「我々が運営する冒険者ギルドに所属してくれればいいんだ」


 ジェイドさんによると、冒険者ギルドに所属すると何かあった時に、ギルドの運営費用を使って救済してくれる制度があるという。


「我々は街の外で活動することが多いのだが、街の外で山賊や盗賊などを討伐する時、ネームタグへの記録を嫌って、タグをわざと外すことが結構あるんだよ」

「タグを……わざと外すんですか?」

「そうだ、ネームタグには事実だけが淡々と書き込まれるからね。例え相手がどんな凶悪犯でも、殺人は殺人として記録されてしまうんだ」


 当然ながらネームタグを持っていない者の殺人は罪には問われないので、記録としては残らず上書きされていくのだが、タグに殺人の経歴が残っていると、街の施設に入った時に犯罪者と認識されてアラームが鳴ってしまう事案が発生するという。

 それを嫌った冒険者たちは、街の中だと犯罪と認識されてしまうクエストに向かう前に、ネームタグを信頼できる仲間に預けたり、とっておきの場所に隠したりするのは冒険者たちの間ではよくある手なんだという。


「だからその結果、ネームタグを失くしてしまうというのは、我々にはそれなりにあることなんだよ」

「な、なるほど?」


 ジェイドさんは何でもないことのように言うが、これはひょっとして、この街の安全に関わる重大なシステムの欠陥を聞かされているのではないかと思う。


「ん? どうした?」

「いえ……」


 だが、当のジェイドさんはそのことに気付いている様子はない。

 果たして、この欠陥について指摘していいものかと思っていると、


「おい、何を抜け駆けしているんだ。この露出狂が」


 怒り顔のクラベリナさんが俺たちの下へとやって来て、右手でジェイドさんを突き飛ばす。


「この三人が欲しいのは、私たちだって同じだ」


 そう言ってクラベリナさんは、何故かスーツの上二つのボタンを外して胸元を露出させると、赤い舌でチロリと唇を舐めて好戦的な笑みを浮かべる。


「そこの男が言ったネームタグの保証だが、それは我等が自警団でも当然ながら行っている」

「クラベリナさんの方……自警団でもですか?」

「ああ、ちなみに私たちの方は、ネームタグを外して任務に当たるなどという愚かな真似はしていないから安心して入団していいぞ」

「はぁ……」


 俺はクラベリナさんの強調された胸元からどうにか視線を逸らしながら考える。


 どうやらこの状況、俺たち三人は二人が統括する組織にスカウトされているようだった。

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