第92話 二つの組織、二つの理念
「どうする。この場で頷いてくれるなら、お姉さんがいいことしてやるぞ?」
そう言うと、クラベリナさんは前屈みになって開いている胸元をさらに強調させる。
すると、俺の背後からゴクッ、というつばを飲み込む音が聞こえる。
振り向くと、顔を赤くさせた雄二が「どうする?」と目で問いかけて来ていた。
いや、どうするも何も俺は複数人で行うプレイには興味がないんだが……ではなく、今後の人生を左右するような重大な決断を、色仕掛けに屈して決めてしまうのはどうかと思う。
そんなことを考えていると、
「おい、何を勝手に三人に入団を促しているんだ」
肩を怒らせたジェイドさんが、俺たちとクラベリナさんの間に割って入って抗議の声を上げる。
「おい、クラベリナ。お前のそれは協定違反ではないのか?」
「はぁ!? お前が先にアピールしたからだろう。曖昧な言葉で濁せば、誤魔化せるのはお前みたいな脳筋馬鹿だけだ」
「な、何だと!?」
「何だ!?」
そうこうしている間にも、ジェイドさんとクラベリナさんの二人は、何やら違反したとかしないとかで揉め始める。
どうやら俺たち三人を勧誘するにあたって、裏で秘密の取り決めがあったようだ。
それについてどうこう言うつもりはないが、二人が言い争ってくれるのは僥倖だった。
俺はこれ幸いと親友二人の方を見ると、二人の提案について相談する。
「……なあ、どうする?」
「どうするって、いきなり言われても困るって」
「そうですね……」
泰三は小首を傾げると、自分の考えを話す。
「思ったのですが、ギルドと自警団、この二つの違いは何でしょうか?」
「違いって……名前から察するにギルドは街の外での活動、自警団は街の中での活動が主になるんじゃないかな?」
「ええ、僕もそう思います。ですが昨日僕たちを協力して助けてくれたことから、二つの組織はそれほど活動内容に差はないような気もするのですが……」
「それは……何でだろ?」
言われてみればそうだ。
もし、自警団が街の中を守るのが主な仕事なら、街の外まで出張って俺たちを助けに来てくれる理由がわからない。
それに、テオさんたちは自分たちの事を冒険者、ブレイブは自分のことを騎士と言っていたことから、自警団とギルドは何か決定的な違いがあるのかと思われる。
すると、
「良い質問だな」
「うわっ!?」
いきなりクラベリナさんが俺と泰三の間に入って来る。
「我々、自警団とギルドの違いについて、だな」
驚く俺たちを他所に、クラベリナさんが得意気に大きな胸を張って二つの組織の違いについて語る。
「自警団とギルドの違い。その最大の違いは、後ろ盾があるかどうか、だな」
「後ろ盾?」
「そうだ。自警団は街の領主、つまりはリムニ様を頂点とし、彼女の理想を叶えるためにある組織だ」
リムニ様の理想。それは亡き父親から引き継いだグランドの街を守り、そこに住む人々を幸せにすることだ。
それを叶えるため、自警団には領主から多大な権限が与えられ、臨機応変に活動することが許されている。
街の治安維持もその一つで、街での揉め事処理は、基本的には自警団が担うことになっているらしい。
それだけの多大なる権限が与えられるが故、自警団への入団は厳しく制限され、選ばれた者しか初速できないことから、自警団に所属する人間は騎士と呼ばれるようだ。
「後、自警団は街から定額の給金が出るから、生活に困ることはない。さらに仕事に応じて追加報酬もあるから金を溜めることもできる。正に良いこと尽くめといって過言ではない。ギルドなどという素人の集まりに入るメリットはないぞ」
「おいおい、それは聞き捨てならないな」
すると今度は、ジェイドさんがクラベリナさんを押し退けるようにしてやって来る。
「我々、ギルドには自警団では絶対に入らない素晴らしい特典があるぞ」
「素晴らしい特典、ですか?」
「ああ、それは自由だ」
ジェイドさんは鍛え上げた大胸筋を見せつけるように胸を張ると、ギルドの素晴らしさについて語る。
ギルドは自警団のような後ろ盾こそないが、誰でも入ることができるのと、活動場所が縛られないのが最大の魅力だという。
仕事は主に街の外での魔物退治や、人々から寄せられた依頼を遂行して、仕事の内容に応じて報酬を得るという、俺たちが想像する冒険者そのものだった。
また、他の街のギルドとの繋がりもあり、ギルドに所属していれば他の街に行っても、万全とはいかなくても、それなりのサポートが受けられるという。
「まあ、確かに収入に関しては自警団と比べて厳しい……特に新人は食べていくのが精一杯かもしれない。だけど、君たちはその辺の心配はしなくていい」
「ど、どういうことですか?」
「実はだね……」
ジェイドさんによると、俺たちはリムニ様ご厚意で、この世界での生活の基盤を固めるための猶予期間として一年間の期間が与えられるという。
その間の食費と宿代を全てリムニ様の方で賄ってくれるというのだから、破格の待遇と言っても過言ではないだろう。
「それに、君たちを冒険者ギルドに推薦する最大の理由はね」
そこでジェイドさんは真摯な表情になると、声を落として静かに話す。
「君たち自由騎士は、混沌なる者を倒せるかもしれない力を持っていると言われている。それだけの力を持っているなら、是非とも冒険者になってこの世界を救って欲しい。それが君たちを勧誘する最大の理由だよ」
「おい、待て。それではまるで私たちが混沌なる者を野放しにするのを容認しているように聞こえるな」
ジェイドさんの言葉を受けて、クラベリナさんが反論する。
「当然ながら、私たち自警団も混沌なる者を討伐するつもりだ」
だが、
「そこの脳筋のやり方は認めていない。私たちは私たちなりのやり方で成し遂げてみせる。それだけは忘れないで欲しい。そして、そのために君たちの協力が必要だ。是非とも我等が自警団への入団を希望してくれたまえ」
「……そうですか」
ジェイドさんとクラベリナさんの言葉を受けて、俺はそう言うのが精一杯だった。
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