第76話 蜘蛛と交える
「き、来た……」
相変わらずのグロテスクな見た目と、先程対峙した時に感じた言い知れぬ恐怖を体がまだ覚えているので、俺は堪らず冷や汗を流す。
「ハハハッ、あいつ、食事を邪魔されたのが気に入らなかったのか、思わず巣から出るほど怒ってやがるぞ」
一方、何が可笑しいのかわからないが、クラベリナさんは獰猛な笑みを浮かべて腰に吊るしてある細身の剣、レイピアを抜いて顔の前に掲げる。
「どうやらここは私が奴を処理するしかないようだな……おい、コーイチ。それとそこの二人!」
「は、はい」
「いい!? お、俺?」
「な……なんでしょうか」
いきなり水を向けられた俺たちは、クラベリナさんの迫力に圧されて揃って直立不動の姿勢を取って話を聞く体制になる。
従順な俺たちを前に、クラベリナさんは満足そうに頷いて迫って来るメガロスパイダーを指差す。
「今からお姉さんがあの化物を華麗に処理してやるから、特等席で堪能するがいい」
「えっ、まさか一人で戦うつもりですか?」
「無論だ。伊達や酔狂でこんな格好をしているのではないぞ」
クラベリナさんは豊かな体を覆うビキニアーマーを見せびらかすように胸を張る。
「論より証拠だ。ロキを護衛に置いていってやるから安心するがいい……ロキ、後は任せるぞ!」
そう言って駆け出すクラベリナさんに、ロキは「ワン!」と元気よく吠えると、何が起きてもすぐさま対応できるようにと俺のすぐ傍までやって来る。
「……頼んだよ」
俺がロキに話しかけると、巨大な狼は任せろと謂わんばかりに「ワン」と一鳴きする。
その頼もしい姿に、メガロスパイダーが現れた時に感じた恐怖はすっかり消えていた。
颯爽と去っていく背中を見ながら、クラベリナさんは一体どんな戦い方をするのかと思っていると、
「ま、待て! お前ひとりにやらせはせんぞ!」
クラベリナさんにすっかり後塵を拝していたジェイドさんも大剣を担ぎ直して慌てて追いかける。
だが、数歩進んだところで後ろを振り返ると、
「すぐに他の仲間が来るから君たちはここで待っているんだ。いいね?」
「あっ、はい」
「いい返事だ。君たちの来訪を我々は歓迎するよ」
俺たちにそう言伝すると、ジェイドさんは今度こそクラベリナさんを追いかけて走って行った。
風を切りながら颯爽と駆けるクラベリナは、地面に転がる魔物の死体を踏み飛ばしながらメガロスパイダーから逃げてきた冒険たちに向かって叫ぶ。
「後はお姉さんが受け持ってやるからお前たち、死ぬ気で走れよ!」
「ヒッ、ヒイイィィ!」
その声に、森の中から出てきた冒険者たちは、ラストスパートと必死の形相で足を動かす。
体中傷だらけで、今にも倒れそうな冒険者たちに、クラベリナはすれ違い様によく通る声で話しかける。
「よく逃げ伸びた。お前たちは安心して全てを私に任せよ」
「す、すみません」
「後は頼みます」
クラベリナに肩を叩かれた冒険者たちは、安心からか一気に力が抜けたかのようにその場にへたり込んでしまう。
冒険たちの憧憬の眼差しを一身に受け、クラベリナはさらに駆ける。
「さあ、化物よ。正々堂々と勝負といこうじゃないか!」
「キシャアアアアアアアァァ!」
意気揚々と叫びながら駆けてくるクラベリナに、メガロスパイダーは鋭い足を地面に突き刺して急制動を賭けると、腹部を前へと突き出して粘着性の高い糸を発射する。
「ハッハッハ、見え見えだな」
かなりの速度で発射された糸を、クラベリナは難なく回避してみせると、一気に距離を詰めてレイピアによる刺突攻撃を繰り出す。
高速で繰り出されたレイピアは、確実にメガロスパイダーの足を捉え、激しく火花を散らす。
だが、
「むっ?」
手応えに違和感を覚えたクラベリナは、それ以上の深追いはせずに、大きく後ろに飛んで距離を取る。
安全な位置まで退避したクラベリナが自身の攻撃した部分を見ると、僅かに足の表面が削れただけで、有効打になっていないことに気付く。
「……面白い。やはり戦いはこうでなくてはな」
メガロスパイダーの人の前後を不覚させるという八つの目で睨まれても、クラベリナは顔色一つ変えずに不敵に笑って見せ、自分の指を悩まし気に一舐めした後、自分の下腹部を鎧の上からなぞる。
「フフッ、いつもなら私の玉の肌を傷付けた強敵には、私の処女をくれてやると言っているのだが……果たしてお前には何をくれてやればいいのやら」
「おい、変態女。気持ち悪いことを言うな」
するとそこへ、後から追いついてきたジェイドがクラベリナの隣に並ぶと、呆れたように嘆息する。
「こっちは貴重な戦力を多数失っているんだ。お前のくだらない遊びに付き合ってやるつもりはないぞ」
「奇遇だな。私も新しいおもちゃを見つけて早く弄りたいと思っていたところだよ」
「……あの三人のことか?」
「そうだ。本当かどうか知らないが、奴等は別の世界から来たという話じゃないか。連中が来た世界というのも気になるが……奴等が持つ特別な力というものを見たくて堪らないよ」
クラベリナは赤い舌でペロリと唇を舐めて恍惚の笑みを浮かべると、レイピアを構えてジェイドへ話しかける。
「まあ、というわけだ。とっととあの化物を処理してしまおうじゃないか」
「それについては全くの同感だ」
ジェイドも巨大な大剣を軽々と振り回して構えると、
「遅れてきた分、俺から行かせてもらうぞ」
「はぁ? 貴様、何を言って……」
「参る!」
文句を言うクラベリナを無視して、ジェイドはメガロスパイダーに向かって突貫を仕掛けた。
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