第75話 怒れる巨大蜘蛛

 その後、クラベリナさんを中心とした自警団が森から出てくる者を待ち構え、ライルさんによって選ばれた腕利きの冒険者たちが、直接迷いの森まで赴いているという。


「君たちだけ森から出てきた時は驚いたが、あっちの方も既に誰かが到着しているはずだよ」

「そうですか………………よかった」


 わざわざ俺が言わなくても既に手は打ってあると聞かされ、俺は安心してその場にへたり込んでしまう。

 溢れ出た涙を拭うことすらしない俺に、クラベリナさんの隣にいた狼がやって来て気遣うように俺の顔を舐めてくる。


「わぷっ!? あ、ありがとう。俺なら大丈夫だから」

「ふむ……」


 心配ないといっても、変わらず俺の傍に付いてくれる狼に、飼い主であると思われるクラベリナさんがおとがいに手を当てて不思議そうに頭を捻りながら話しかけてくる。


「おい、お前。名前は?」

「お、俺ですか? 俺は、浩一っていいます」


 これまでの経験から名字の方を名乗るとややこしいことになりそうなので、名前だけ名乗るようにする。


「そして、後ろの二人は雄二と泰三といいます」


 ついでに二人のことも紹介すると、俺の言葉に合わせて雄二たちもペコリ、と頭を下げる。


「コーイチ、ユージにタイゾーね。私はクラベリナだ。覚えておいて損はないぞ」


 クラベリナさんは理解したというように鷹揚に頷くと、改めて俺に向き直る。


「では、コーイチ。お前に聞くがロキ……そこの獣と随分と仲がいいようだが、何処かで面識があったりするのか?」

「この子と……ですか? いいえ、ないです。それよりこの子はロキって言うんですね。さっきはありがとう。ロキ」

「わふっ!」


 俺が礼を言うと、ロキは「どういたしまして」と嬉しそうに吠える。


「…………ロキがここまで懐くとは、お前は一体何者なのだ?」

「そんな、俺は別にたいしたものじゃないですよ。ただ……」


 レンジャーのパッシブスキルであるアニマルテイムのお蔭だ。そう言おうとしたところで、



「うわああああああああああああああぁぁっ!」

「こんな奴がいるなんて聞いてないぞおおおおぉぉぉぉ!!」


 森の方から木々が倒れる破砕音と、大勢の悲鳴と怒号が聞こえてきて、俺はハッ、としてそちらを見やる。




 迷いの森の方へと視線を向けると、森の木と共にジェイドさんが送り込んだと思われる複数の人物が上空へと吹き飛ばされるのが見えた。

 上空に打ち上げられた人たちは、どういう理屈か宙に浮いたまま地面へと落ちて来ない。


「うわあああああああああああああああああああああああああぁぁ!!」

「だ、誰か助けてくれええええええええぇぇ!」


 当の本人たちも何が起きているのか正確に理解できていないようで、何かの拘束から逃れようと空中でジタバタもがいていた。


 だが次の瞬間、そんな彼等の動きが急変する。

 突如として見えない強い力が働いたかのように体を硬直させたかと思うと、


「が、ががが……」

「あぺ? あばが……」


 まるで幼い子供が容赦なくおもちゃの人形を弄んだかのように突如として四肢があり得ない方向に曲がり、関節から大量の血を拭いて力なく宙に吊るされる。


「うっ……」


 余りにも凄惨な光景に、俺は堪らず目を逸らす。


 あの壊され方は、エイラさんの胴体部分と同じだった。


 それが意味するところは言うまでもない。

 あのメガロスパイダーとかいう蜘蛛の魔物がまだ生きているのだ。

 俺は血が滲むほど唇を噛みながら、敵の正体を告げるべくジェイドさんかクラベリナさんに話しかけようとする。


 すると、


「ハッハッハ、見事なまでに汚い花火だったな」


 不謹慎にも盛大な笑い声を上げながらクラベリナさんがジェイドさんに話しかける。


「確か、冒険者の中から選りすぐりの精鋭を送ったんだっけか? その結果があれとは、実に無様だと思わないか?」

「……黙れ! 死者を冒涜するな」

「死者への冒涜? 違うな。私が言っているのは死んでいった者の話ではない。敵の力量も弁えずにいらぬ犠牲を出したギルドマスターの不甲斐なさを笑っているのだ」

「クッ……」


 クラベリナさんの口撃に、ジェイドさんは返す言葉が見つからず悔し気に歯噛みする。

 それを見てクラベリナさんは「ハン」と鼻を鳴らすと、ジェイドさんから興味を失くしたかのように真顔になって俺へと顔を向ける。


「ところでコーイチよ。お前はアレの正体を知っているのか?」

「えっ? あっ、はい……テオさんはメガロスパイダーだと言っていました」

「なるほど、あの蜘蛛か……それなら並の冒険者では荷が重いのも納得だな」


 メガロスパイダーの名前を聞いたクラベリナさんが納得したと頷くと同時に、迷いの森の方から再び悲鳴が上がる。


 その声に反応して森へと目を向けると、メガロスパイダーの糸に拘束されなかった冒険者たちが這う這うの体で逃げてくるのが見えた。

 その背後には、三メートル近い巨大な体躯にも拘わらず、八本の足を器用に動かして逃げる冒険者たちに迫る巨大な蜘蛛、メガロスパイダーの姿が見えた。

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