第73話 超然たる戦士たち

 矢の雨が降り止んだ時、俺の目に映る景色は正に地獄絵図だった。

 緑の絨毯が美しかった地面は、足の踏み場もないほど矢が突き刺さり、所々に変わり果ててしまった魔物たちの無残な残骸が縫い付けられていた。


 一体、何本の矢がこの平原に放たれたのだろうか。


 俺はむせ返るような血生臭い悪臭に鼻を摘みながら、狼の腹の下から這い出る。

 先ず何より気になったのは、矢の雨から俺たちを守ってくれた狼の存在だった。

 刺さってこそいなかったが、狼の背中に山と乗った矢を払ってやりながら俺は狼へと話しかける。


「……大丈夫? 痛かっただろ?」


 気遣うように背中を撫でながら尋ねると、狼は俺へと視線を向けて「ワン」と小さく吠える。

 問題ない。鳴き声は一声だったが狼からは確かな自信が伝わって来た。


 確かにこうして背中を撫でていると、腹部とは違ってゴワゴワとした固い毛と、その下にはかなりの筋肉が詰まっていることがわかる。

 なるほど、確かにこれだけしっかりとした体を見っているならば、降り注ぐ矢に対しても無傷でいられたというのも納得できる。


 だが、それでも俺たちを守るために体を張ってくれたという事実は変わらない。

 俺は狼の顎の下を優しく撫でながら、狼に感謝の意を伝える。


「君が無事でよかった。それと……守ってくれてありがとうな」


 すると俺の意が伝わったのか、狼は「感謝するならもっと頭を撫でろ」と謂わんばかりに頭をグリグリと押し付けてくるので、俺は苦笑しながら自分の倍以上もある大きさの頭を撫で続ける。


「…………いいなぁ」


 すると、俺と狼の仲睦まじい姿を見て裏ましいと思ったのか、雄二が手をワキワキさせながら近付いてくる。


「なあ、浩一。俺にも撫でさせてくれないかな?」

「俺に聞くなよ……でも、見ての通りこいつは今、とても機嫌がいいみたいだから試してみたらどうだ?」

「お、おう、やってみるよ」


 雄二はゴクリと喉を鳴らすと、音を立てないように忍び歩きで狼へと近付く。

 おそるおそるそっと手を伸ばし、その手が狼の背中に触ろうとしたところで、


「ガウッ!」

「ヒゥッ!?」


 狼は目にも止まらぬ速さで俺の手から逃れると、背後から近付いてきた雄二に向かって犬歯を剥き出しにして「グルルルル……」と唸り声を上げながら威嚇する。


「り、理不尽だ……ああっ、違うって。ごめんなさいごめんなさい……」


 威嚇された雄二は腰を抜かした姿勢で、もう触らないから勘弁してくれと涙目になって謝罪の言葉を繰り返す。

 そうして半泣き状態の雄二が縋るように見るのは、当然ながら狼と親し気な関係を築けている俺だ。


「こ、浩一……」

「…………わかってるって」


 雄二に助けられた俺だが、すぐさま行動に移すことができないでいた。

 正直なところ、いきなり戦闘モードになった狼に対して俺もかなりビビっていた。

 だが、このまま親友を見捨てるなんて薄情なことはできないので、勇気を出して狼へと話しかける。


「あ、あの……そいつ、俺の親友なんで、勘弁してやってくれないかな?」

「…………ワゥ」


 俺の言葉に、狼は仕方ないなとゆっくりとかぶりを振ると、雄二から興味を失くしたかのように顔を背ける。

 そのまま俺たちに背を向けてトコトコと歩きはじめる狼を見て、腰を抜かしたままの雄二が恨めし気に呟く。


「……やっぱり理不尽だ」

「やめとけ。また、怒られても知らないぞ」


 俺は雄二の肩に手を置くと、かぶりを振ってこれ以上は余計なことはするなと諫めた。




 俺たちに背を向けて歩きはじめた狼の行方を目で追うと、その先から二人の人物が歩いてくるのが見えた。


 一人は一言で言うなら、非常に目のやり場に困る女性だった。

 陽の光を受けて艶やかに光る長い金髪に、遠くから見てもそれとわかる女性らしい体のラインを持つ女性の装備品は、果たして防御効果はどれほどあるかわからない赤いビキニアーマーに黒いマントという非常に扇情的なものだったのだ。


 もう一人は、これまた特徴的な人物だった。

 上半身がはだけさせた筋骨隆々の男性と思われる人影は、隣に並ぶ女性と比べると明らかに大きいのに、さらに自分の身長より大きな巨大な剣を肩に担いで悠然と歩いている。


 そんな中、狼は女性の方へと歩み寄ると、彼女の前で伏せて頭を垂れる。

 主に対して忠実な態度を見せる狼の頭を女性は軽く一撫ですると、こちらを見て蠱惑的な笑みを浮かべながらこちらに向かって手招きをしてくる。


 どうやらこっちに来いということのようだ。


 魔物たちから救ってくれたのだからあの二人は敵ではないと思うが、今は余計な心配をするよりも、テオさんの安全を確保することだ。

 俺は大きく息を吐くと、雄二と泰三に自分の考えを伝える。


「……行こう。あの人たちが敵か味方よりも、一刻も早くテオさんを助けに行かないと」

「だな」

「異議なしです」


 二人からの返答に俺は頷くと、大きく息を一つ吐いてこちらを待つ二人の下へと走っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る