第68話 蜘蛛
「な、なんということじゃ。まさか、こんなところに奴が……」
エイラさんの死体を見て何かに気付いた様子のテオさんが血の混じった唾を吐き捨てながら俺の下へとやって来る。
「コーイチ、大丈夫か?」
「あ、ああ…………あああ…………」
俺の前にやって来たテオさんが何か言っているが、エイラさんの死を目の当たりにしたショックなのか、テオさんの声が全く入って来ない。
「……やむをえん」
渋面を浮かべたテオさんは、その大きな手をゆっくりと振り上げると、
「ええい、しっかりせんか!」
そのまま俺の頬を思いっきり張る。
「あだっ!?」
瞬間、俺の目の前に文字通り、星が散ったような気がした。
すると目の焦点が合って、テオさんの髭面が目に飛び込んでくる。
「コーイチ、大丈夫か?」
「えっ? あ……はい、俺は…………大丈夫です」
「そうか、よかった」
テオさんは安堵したように大きく溜息を吐くと、エイラさんの首を拾っていきなり後方に向かって思いっきり投げる。
「――っ、テオさん、何を!?」
血が繋がっていないとはいえ、肉親に対して暴挙ともいえる行動に出るテオさんに対し、思わず掴みかかろうとする俺を彼は手を出して静かに制す。
「これで少しは時間稼ぎにはなる」
「えっ?」
「忘れたのか? ワシたちは今、大量の魔物たちに追われているのだ」
そう言いながらテオさんが顎で俺たちが来た方を示すと、魔物たちの興奮したような叫び声が聞こえ、俺は思わずビクッ、と身を竦める。
「すまなかったな」
今にも泣き出しそうになっている俺に、テオさんが優しく話しかけてくる。
「これは完全にワシのミスじゃ。まさか、迷いの森の奥にいるあいつが出張って来るとは思いもしなかった」
「あ、あいつ……ですか?」
「そうじゃ、そいつの得意技である罠でエイラは殺されたのじゃ」
そう言ってテオさんは、手の中の物を俺に見せてくれる。
よく目を凝らしてみないと見えないほどの白くて細いそれは、俺でも知っているものだった。
「…………糸?」
「そうじゃ、これは糸じゃ……」
テオさんの説明によると、この糸が通路を塞ぐように、調度、馬車の御者台に座るエイラさんの首の高さに仕掛けられていたという。
「この糸は一見すると細くて脆く見えるが、実はとんでもない硬度を持っているのじゃ。そうとは気付かずにここを通過してしまえば、例えしっかりとした造りの馬車とて無事はすまん……ましてや人の首など簡単に落ちてしまうじゃろう」
「――っ!?」
俺は再びエイラさんの首が落ちるシーンを想像してしまい、堪らず目を閉じて顔を背ける。
「……で、でも、誰がそんな凶悪な罠を仕掛けたんですか?」
「それはな……」
テオさんがそう言うと同時に、後方から地響きと共に轟音が響き渡る。
「な、なな……」
「来たようじゃな」
着地の衝撃で巻き起こった砂煙と、煙の向こうから聞こえるギチギチという不気味な音にビビっている俺に対し、冷静に煙の向こう側を睨んでいたテオさんが糸の罠を仕掛けた魔物の正体を告げる。
「メガロスパイダー」
その名を告げると同時に砂煙が晴れ、サイクロプスに勝るとも劣らないサイズの魔物が現れる。
頭胸部と腹部からなる体に、八本の足と八つの目を持つその姿は、メガロスパイダーという名の通り、確かに蜘蛛の魔物だ。だが、全長三メートルほどの体躯は、どう考えても俺が知るどの蜘蛛よりも明らかに大きい。
動き度にギチギチと鳴る八本の足は、それぞれの足の先端に鋭い爪がついており、一歩踏み出す度に地面に穴を開けていく。
一つ一つが俺の頭よりデカい八つの目もさることながら、口元からガチガチと鳴り響く歯のようなものの動きが気持ち悪く、全身に鳥肌が立つのを自覚する。
さらに、頭から冷水をぶっかけられたかのように全身に寒さを感じ、ちゃんと呼吸をしているはずなのに、いくら呼吸をしても息苦しさが抜けない。
足は震え、視線は定まらず、自分がちゃんと地面に立っているかどうかもわからなくなってくる。
なんで……どうして?
メガロスパイダーとの距離はまだ二十メートル近くもあるのに、どうしてこんなに俺の体はままらないのだろうか。
ふらふらになりながら周りを見てみると、雄二も泰三も俺と同じ状況に陥っているようで、今にも倒れそうになっていた。
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