第67話 厄難

「う……うぁ…………」


 全身に走る激痛に、俺の意識が覚醒する。


「あがっ!? 痛っ……」


 背中を強打たのか、呼吸をする度に体の内部が激しく痛む。さらに顔が何やら熱を持ったかのように熱いと思って手を伸ばすと、ぬめりとした感触がして、自分が出血しているのだと自覚する。


「い、一体何が起きたんだ……」


 自分の身に起きたことがわからず、混乱した頭をどうにか落ち着かせようと、首を巡らせて辺りを見る。

 まず目に飛び込んできたのは、真ん中から真っ二つに折れて壊れてしまった馬車と、倒れて足をバタバタとさせてもがいている二頭の馬だった。


 それを見て俺は、自分が馬車の外に投げ出されたのだとようやく理解する。


 森を抜けるまで後少しだったはずなのに、一体どうしてこのような事態になってしまったのだろうか。

 考えられる可能性があるとすれば、後先考えずにスピードを出し過ぎた結果、馬車が森を抜ける前に壊れてしまったということだろうか。

 速度計がないのでどれぐらいの速度が出ていたのかわからないが、あれだけの速度が出ていた馬車から放り出されて生きているのだから、その奇跡に感謝すべきかもしれない。

 後は迫りくる魔物が来る前に皆を起こして……、


「――って、呆然としている場合じゃない!」


 魔物から逃げていたという状況を思い出した俺は、痛みに顔をしかめながら体を起こすと、二人の親友の無事を確認すべく声をかける。


「雄二! 泰三! 無事か?」

「うっ……いってぇぇ……」

「…………な、何とか無事です」


 俺の声に、すぐ近くに倒れていた雄二と泰三の二人もゆっくりと身を起こす。さらにその後ろでは、テオさんが身を起こしてかぶりを振っているのが見えた。

 よかった……馬車の後方に乗っていた三人は無事なような。


「後は……エイラさんか」


 三人の無事を確認した俺は、御者台に座っていたエイラさんを探すべく辺りを見渡す。

 エイラさんは馬車の先頭で何が起きていたのかを見ていたはずだから、不意を討たれた俺たちと違って無事に切り抜けているはずだ。


 そんなことを思いながら周りを見ていると、道の右側の茂みの中に、特徴的なピンク色の髪の毛が見えた。

 なるほど、俺たちのように土の地面に叩きつけられまいと、茂みの方に飛び降りたんだな。そう判断した俺は、未だに起き上がる様子のないエイラさんへと歩み寄る。


「エイラさん、大丈夫ですか?」


 話しかけながら茂みを掻き分けたところで、


「う、うわあああああああああああああああああああああああああぁぁ!!」


 目に飛び込んできたものに俺は驚き、堪らず尻餅をついてしまう。

 その拍子に、俺の足がエイラさんのピンクの髪に引っ掻かり、俺の足元にそれが転がって来る。


 それは、首から上だけとなってしまったエイラさんの頭だった。


 何が起きたのかわからないといった呆然とした表情のエイラさんの目は、既に光彩を失って何も捉えてはおらず、まだ傷口が新しい首の切断面からはドクドクと血が溢れ出し、地面を真っ赤な血で染めていっていた。


「そ、そんな……どう…………して?」


 俺は恐怖でガチガチと歯を鳴らしながら、信じられないとかぶりを振る。

 馬車が真っ二つに割れてしまうほどの衝撃があったのだから、五体無事にいられる可能性が高くなかったのはわかるが、どうしてエイラさんの首が切断されているのか。


「うわあああああああああぁぁっ!」

「浩一君、エ、エイラさんの体が…………」


 訳が分からず、混乱する俺の耳に雄二たちの悲鳴が聞こえ、反射的にそっちを見る。

 壊れた馬車の残骸の向こう側、驚いて立ち尽くす二人の間からエイラさんの首から下の部分が見えた。


 だが、それは何とも奇妙な光景だった。


 どういう理屈かわからないが、エイラさんの胴体は宙に浮いていたのだ。

 体の至る所から血が滴り落ち、手足が本来なら有り得ない方向までねじ曲がっている様は、まるで雑に投げ捨てられた操り人形のようだった。

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