第66話 突き抜けろ!!!

 エイラさんの馬を操る様子を見ながら、俺は固唾をのんで状況を見守る。


 彼女には問題ないと断言したが、実を言うと魔物たちが到着するより先に馬車が通り抜けられるかどうかは、かなり微妙なところだった。

 だが、ここで少しでも逡巡してしまえば、抜けられるかもしれないという僅かな可能性は完全に潰えてしまう。

 だからここは、例え確信がなくても一か八かに賭けて突っ切るという選択肢にベットするしかないのだ。


 そうこうしている間にも視界に映る魔物の数がどんどん増えていく。

 既に見たことがあるゴブリンやバンディットウルフだけじゃない。異様に長い腕を駆使して木から木へと移動する猿や、迷いの森の不気味な木を次々と薙ぎ倒して進む真っ黒な猪、さらには足の遅いゴブリンを蹴散らしながら突進してくるサイクロプスにも引けを取らないサイズの熊みたいな魔物が俺たちを逃がすまいと大挙して押し寄せて来ていた。

 その中でも、バンディットウルフをはじめとする足の速い四足歩行の魔物たちは、俺たちが到達するより早く立ち塞がる可能性は高いと思われた。


「コ、コーイチ様!?」

「大丈夫です。絶対に速度を落とさないで!」


 俺は手綱を握るエイラさんの肩に手を置くと、自分にも言い聞かせるように強気に叫ぶ。


「もし、立ち塞がれたとしても、この速度を維持していたら一匹、二匹の魔物では物の数ではないです!」

「はい!」


 俺の言葉に、エイラさんは力強く頷くと、もう一度馬に気合を入れ直すために鞭を振るう。

 ピシッ! と鞭が入った二頭の馬は、一つ嘶きを上げると、足を大きく振り上げてさらに速度を上げる。


「……くぅ」


 腰が浮きあがるほどの速度に達した馬車の揺れに、俺は思わず馬車から放り出されそうになり、慌てて馬車の縁を掴む。


「うわっ!?」

「ヒッ……」


 同時に、後ろから雄二たちの悲鳴にも似た声が聞こえてくるが、こっちはそれどころじゃない。

 迫りつつある魔物たちが、前の通路を塞がれるかどうかの瀬戸際なのだ。

 ガタガタと鳴る車輪からも壊れてしまうんじゃないかという怪しげな音が聞こえ、さらに揺れが激しくなるが、全てを無視して前へと突撃する。


 その時、一匹のバンディットウルフが森の中から姿を現し、進路を塞ぐように立ち塞がる。

 だが、ここまで来たらそんなことは関係ない。


「「いっけええええええええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇ!!」」


 俺とエイラさんは前だけを見据えながら腹の底から叫ぶ。

 俺たちの気合に応えるように、二頭の馬はさらに速度を上げて立ち塞がるバンディットウルフへと猛然と迫る。


「――っ!?」


 俺たちに止まる意思がないことを察したのか、バンディットウルフが慌てたように脇に避ける。

 次の瞬間、俺たちが乗る馬車が、魔物たちが集結すると思われた場所を通過する。


「やった、やりましたよ!」

「ええ、やりましたね」


 バンディットウルフをあっという間に置き去りにした俺たちは、互いの健闘を称えるようにハイタッチを交わす。


「これで後は、残りの魔物がやって来る前に森を抜けるだけですよ」

「わかりました。最後まで気を抜かずに、ですね」


 エイラさんは表情を引き締め直すと、馬に少し速度を落とすように指示を出す。

 その間に俺はアラウンドサーチを使って周りの様子を確認し、前方に赤い光点の反応がないのを確認する。

 よし、これで後は魔物たちがやって来る前に森を抜けるだけだ。

 ひとまずの危機を脱したことを確認した俺は、大きく息を吐く。


 するとそこへ、


「おい、浩一。指示が出し終わったならこっちの手伝いをしてくれ」


 ボウガンの準備をしている雄二から泣きそうな声が聞こえる。

 どうやら後方では、まだ諦めていない様子の魔物が次々と現れているようだった。


「なんかそろそろ手が痺れて感覚がなくなって来たんだけど、敵は一向に減らないし……泰三はこのハンドル作業手伝ってくれないし……助けて」

「わかった。わかったから泣くなよ」


 鎧を投げ捨てた時の威勢のいい姿は何処に行ったのか、情けない声で助けを呼ぶ雄二に俺は苦笑しながら立ち上がって彼の下へと向かう。


「ほら、俺も一緒に作業するからそのハンドルを寄こせ」

「ああ、それで無事に逃げられそうなのか?」

「それについては大丈夫……だと思う」


 俺は雄二からハンドルを受け取りながら、両足でしっかりと押さえたボウガンの弦を巻き上げようとする。


「ん? これは……」


 思ったより硬い手応えに、俺は歯を食いしばってさらに力を込める。

 すると、最初は硬かったハンドルも一度回り始めれば、クルクルと快適に回り、弦を所定の位置まで張ることができた。


「よし、これで後は……」


 矢を乗せて泰三に渡すだけだ。そう思ったその時…………、



 突如として轟音が響いて体が宙に浮いたかと思うと、俺の意識は一瞬にして闇に呑まれた。

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