第65話 牙を剥く森
「ホッホッ、甘いわ!」
高らかな笑い声と共に発射されたボウガンの矢が、木の上から飛び付いてきた猿の魔物の額に吸い込まれる。
額を撃ち抜かれた猿の魔物は、後ろからやって来た仲間の猿の魔物にぶつかり、もみくちゃになりながらあっという間に視界から去っていく。
だが、魔物を一匹排除しても、その後ろからまた別の魔物、今度は三匹のバンディットウルフが現れる。
それを見て、テオさんは呆れたようにかぶりを振りながら後ろを振り返る。
「……やれやれ、次から次へと懲りない奴等じゃのう。ほれ、次……」
「は、はい!」
声をかけられた泰三は、緊張した面持ちで次弾が装填されたボウガンをテオさんへと手渡す。
泰三から矢が装填されたボウガンを受け取ったテオさんは、迫りくるバンディットウルフに向かって狙いを定めて矢を放つ。
「ほれ、次」
「は、はい、どうぞ! って雄二君……次はまだ?」
「ちょ、ちょっと待て! 今用意しているから」
泰三に声をかけられた雄二は、額から汗を流しながら必死にボウガンに矢を装填すべく、弦を張るためのハンドルを必死に回していた。
弦を所定の位置まで張り終えた雄二は、大量に用意された矢をその上に乗せると、次を待っている泰三に手渡す。
「はぁ……はぁ……ほら、できたぞ」
「ありがとう。はい、それじゃあ次はこっちをお願いします」
「ま、任せろ……これぐらいどうってことねぇぜ」
雄二は明らかに無理矢理な笑みを浮かべると「うおおおお」と気合の雄叫びを上げながらハンドルを回していく。
テオさんが魔物たちを倒すボウガンの準備をする。それが雄二と泰三の二人に与えられた役割だった。
二人とも近接攻撃の武器しか持っていないため、遠距離攻撃ができるテオさんの手伝いをするのは必然といえた。
テオさんの手伝いをする雄二は、あれだけこだわっていた鎧を全て脱ぎ、厚手のズボンに薄手のインナー一枚という格好になっていた。鎧等の重い装備類は、馬車の速度が下がるという理由で、他の不要な荷物と一緒に捨ててしまったのだった。
例えるならその時の雄二は、目から血の涙を流さんばかりの勢いであったが、命には代えられないと、男泣きしながら鎧を差し出してくれた。
雄二と知り合って七、八年経つが、この時ほど雄二をカッコイイと思ったことはなった。
もし、全て無事に終わり、テオさんたちが住む街に移住することになったら、雄二の新しい鎧を真っ先に用意してやろうと思ったのは言うまでもない。
一方、左手がまともに使えない俺に与えられた仕事は、変わらずアラウンドサーチを使っての索敵と、馬を駆るエイラさんに、テオさんから示された二つの出口の内、より確実に逃げられる方を選んで伝えるというものだった。
俺の脳内に映る赤い光点は、既に五十を超えてさらに数が増えており、特に出口のある北側には既に包囲網が完成するほどの数の魔物が集まっているようだった。
その中でテオさんが示した二か所の出口は、まだそれほど魔物が集まってはいないようだった。
俺はテオさんの的確な指示に舌を巻きながらも、脳内の赤い光点の様子を見て、なるべく敵が少なく、且つまだ出口の封鎖が完了していない場所を選ぶ。
「…………よしっ!」
そうしてどちらの出口に向かうかを決めた俺は、真剣な眼差しで手綱を握るエイラさんに指示を出す。
「……エイラさん、次の分かれ道を左へお願いします。その後は、思いっきり速度を上げて下さい」
「はい、お任せください!」
最初はおっかなびっくりだったエイラさんの馬の操作も、この危機的状況が彼女の成長を促したのか、今は自信を持って馬を駆っているようだった。
「はぁ!」
エイラさんが威勢のいい掛け声をかけながら鞭を振るうと、馬車を引く二頭の馬はそれに呼応するかのように速度を落とすことなく分かれ道を左へと進む。
そうして曲がった先は、しっかりと踏み固められた土の地面で、二頭の馬は地の利を得たとばかりにさらに速度を上げる。
「よし、いいぞ」
俺は脳内に映る赤い光点の様子を見ながら、このままいけば包囲網が敷かれる前に森の出口に向かえそうだと算段をつける。
だが、こちらの動きを察知したのか、魔物たちの動きに変化が現れる。
具体的には、俺たちが目指すと決めた出口を封鎖するために一気に大量の魔物たちが移動を始めたのだ。
それに呼応するように森の至る所から魔物たちの威嚇するような叫び声が響き、まるで地鳴りのようになって周りの木々を揺らす。
さらに俺たちの前方、左右の木々から魔物たちが道を塞ごうと走って来るのが見えた。
「コ、コーイチ様!?」
「大丈夫です」
心配そうにこちらを振り返るエイラさんに、俺は安心するように声をかける。
「あの速度ならこちらの方が先に通り抜けられるはずです。あそこさえ超えてしまえば、この森を抜けるまで俺たちを阻むものはなくなります」
「わ、わかりました。そのお言葉、信じます」
エイラさんは力強く頷くと、馬に最後の力を振り絞るようにと鞭を振るった。
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